牧野洋×田原総一朗「ジャーナリズムに未来はあるのか」第2回 「アメリカと日本のメディアの違い」

第1回はこちらをご覧ください。

第一線で活躍するベテラン記者

牧野: 一つは仕組み上の問題として、日本では経営と編集が未分化だというところがあります。アメリカでは少なくとも形のうえでは経営と編集は分離されていてファイアウォールがあるんです。

田原: つまり、経営陣が編集にタッチしない、と。

牧野: そういう構造がありますね。まあ、メディア王ルパート・マードック系列の新聞は違いますが、普通はファイアウォールがあります。編集局長が編集の最終ポストで、それ以降の常務、専務、社長になるようなコースはないんです。

田原: 今日本でも、朝日新聞が形だけでもそうしようとしています。

牧野: そうなんですか。まあ、新聞記者に経営ができるのか、という問題でもありますね。現場で長年取材してきて記者として優秀だからといって経営者としても優秀かというと、必ずしもそうではないですね。記者としてのスキルと経営者としてのスキルが全然違いますから。しかし日本では、成功した特ダネ記者が記者を卒業し、経営幹部に抜擢される傾向があります。

田原: 少なくとも、編集部出身の人が社長になりますよね。営業じゃなくて。

牧野: アメリカの場合はそこが分離されています。新聞社のトップをみると、大抵は新聞記者の経験はないですよ。例外的にウォールストリート・ジャーナルでは伝統的に記者出身者が親会社社ダウ・ジョーンズ社長になっていましたが、それでも編集への介入は最小限にしようとしていました。

 たとえばダウ・ジョーンズがマードック率いるニューズ・コーポレーションに買収されそうになったときです。ニューズによるダウ・ジョーンズ買収をめぐる報道を点検すると、少なくとも紙面上ではニューヨーク・タイムズの報道とウォールストリート・ジャーナルの報道にあまり差はなかったですね。

 ウォールストリート・ジャーナルが努めて第三者の視点で取材しようとしていたいからです。たとえば、主観的な「わが社は」とか「本社は」とかいう表現は使っていませんでした。一方、日本の新聞社だと自らがスキャンダルにまみれたりすると、「本社は」といった表現を使いがちです。英語で言えば「our company」。アメリカの新聞社ではそういうことにはならないですね。

田原: ところでこの『官報複合体』に書いてらっしゃることなんですが、去年の3月に東電の福島原発で事故が起きたけれど、この事故のときにもアメリカの新聞と日本の新聞では、ニュースの内容がまったく違っていた、ということですね。どの辺が違っていたんですか?

牧野: 専門性の部分ですね。もっとわかりやすく言うと、上智大学の田島教授の言葉を借りれば、「日本では発表報道のオンパレードだった」ということです。

 記者クラブ経由で発表される情報をこまめに書き続けるような報道が目立っていたのです。単に政府や東電の発表を報じるのではなく、場合によっては発表をすっぱ抜いて「特ダネ」として報じることもありますが、本質的には同じことです。

田原: すっぱ抜くためには、発表する側の人間や上部の人間と仲良くしなければならない、と。

牧野: ええ。その結果として、とくにウェブ上では「新聞報道を本当に信用していいのか?」という疑問が出てきたようですね。そういう疑問が出てきたということは、新聞に対する信頼度が非常に高かった日本も少し変わってきているのかもしれません。

田原: アメリカと日本の新聞はどこが違っていたのか、もっと具体的にお聞きしたいんですが。

牧野: 日本の場合は、深い分析を加えずに発表を処理しただけの短い記事がたくさんちりばめられています。業界用語を使えば「日付モノ」がメインです。一方、アメリカの報道ではニュース解説やフィチャー記事、調査報道が中心。一本の記事も日本の記事と比べると5倍くらい長いんです。この違いは福島原発報道に限らず、多くの分野で共通しています。

田原: アメリカの場合は、発表報道は基本的に通信社がやるんですよね。新聞記者というのは調査報道したり分析したりする。日本の新聞は分析記事も調査報道もなくて、通信社がやるようなことを新聞記者がやっているんですよね。

牧野: ニューヨーク・タイムズを読んでいて非常に感心したのは、30年以上も科学記者として第一線で取材しているベテラン記者が福島原発事故で活躍していたのです。特定分野の専門記者として50代になるまで現場にいるベテランが深い分析を加えながら一面にニュース記事を書くわけです。

 もし日本だったら論説委員として社説を書いているか、経営幹部に抜擢されて記者を卒業しているか、どちらかだと思います。数十年にわたって記者が特定分野で経験を積んで専門性を身に付けるといった体制になっていないです。これでは専門用語がどんどん出てくる原発事故をカバーしようにも、発表報道以上の仕事はなかなかできません。

 だいたい日本の新聞記者は、15年なり20年なり続けると、ほとんどの人はデスクに上がってしまいます。記者卒業です。出世コースに乗れば経営幹部、外れれば子会社へ飛ばされます。編集に残っても編集委員や論説委員となります。

田原: でも、たとえば日経新聞でも、牧野さんは編集委員になったでしょう。元々編集委員制度というのは、要するにベテラン記者が役職に就かないでずっと記者でいるために作った制度でしょう。それじゃダメなんですか?

牧野: 編集委員というのは自由な立場ですが、基本的にはコラムを書くのが仕事です。たとえば福島原発で事故が起きたら、一匹オオカミ的にコラムを書くのです。論説委員ならば社説を書きます。現場に行ってニュースを書いたり、調査報道班に加わったりするのとはちょっと違います。

 たとえばイラク戦争のときに、ニューヨーク・タイムズはスター記者をイラクへ従軍記者として派遣しました。ジュディス・ミラーという記者ですが、50代であるうえに女性です。日本なら50代の女性記者が現場の第一線で働き、しかも危険な従軍記者になるといった展開はあり得ないですね。彼女はピュリツァー賞受賞記者なんですが、イラク報道ではよいしょ記事を書きすぎてクビにされてしまいましたが、専門性を備えたベテランが第一線で働いていたという事実は注目すべきです。

 日本の新聞社では数年ごとに記者はころころと担当替えにさせられるだけではなく、15年か20年働くと記者を卒業してします。となると、現場で取材するのはまだ専門性を備えていない若手記者ばかりになります。結局、当局の発表を記事スタイルに書き直して流すだけの発表報道以上の報道はなかなかできないのです。

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