牧野洋×田原総一朗 対談「ジャーナリズムに未来はあるのか」第1回「巨大企業をガチンコで批判するアメリカの経済報道を支えるメディア経営者たち」

田原: 牧野さんはアメリカでフリーランスのジャーナリストをしておられるそうですが、アメリカのメディアで書いてらっしゃるんですか?

牧野: いや、日本のメディアですね。まさにこの現代ビジネスで記事を連載させていただいています。

田原: まずおうかがいしたいのは、なんでフリーランスになったのか、ということなんですが。

牧野: 実を言うと、20年以上前からこの『官報複合体』のようなメディア・ジャーナリズム論を書きたかったんです。ただし、内容が既存のメディアに対して批判的なものになることがわかっていたので、書こうと思っても新聞社に身を置きながらでは書きにくいな、と思っていました。

田原: 新聞社にいると、メディア批判はできませんか?

牧野: なかなかできないですね。たとえば朝日新聞の経営がゴタゴタしているということについて日経新聞が特集することはまずないです。同業他社については書かないという不文律がありますから、自社についてはもっと書かないですね。

 私は日経新聞の記者でしたが、どこの新聞社でも自社の経営を批判するようなことはまず書けません。ですから、もし書くのであれば会社を辞めてからだな、と思っていました。

 私も編集委員だったので、夜討ち・朝駆けの世界から解放されて比較的自由に書ける立場にはありました。しかも、新聞社のなかにもジャーナリズムに対してしっかりした理念を持っている上司や同僚もいました。そういうことであれば新聞社勤めも悪くはないな、と考えていましたので、60才の定年を迎えるまでは本を書かないかもしれない、とも思っていたんです。しかし、やはり書きたいという気持ちを優先しました。

田原: そこを聞きたいんです。なぜ新聞社を辞めてまでどうしても書かなければいけないと思ったんですか?

牧野: 書きたいことがなかなか書けなくなったからです。新聞社を辞めてフリーランスになると食べていけないですね。年収数百万円のフリーランスはたくさんいます。原稿料が安いですから。

 日本ではマスコミ業界は一般に高給で、その裏返しでフリーランスが低給です。だからフリーランスがなかなか育ちません。ただ私の場合、妻から「私が稼ぐから、書きたい本があるなら会社を辞めたら」と言われ、決心がつきました。ワークライフバランスを変えたいという気持ちもありましたし。

田原: 良い奥さんですねぇ(笑)。

牧野: ということで家を売って、そのお金と貯蓄を切り崩しながらやってきたというのが実態です。

田原: フリーランスになって、これはどうしても書かなければならない、というのは何だったんですか。

牧野: まさにこの本ですね。特に書きたかったのは私の留学時代の話でした。私は26才のときにアメリカのコロンビア大学ジャーナリズムスクールに留学し、そこでパラダイムシフトを体験しました。その体験が鮮烈に記憶に残っていたのです。

記事の主人公は誰なのか?

田原: パラダイムシフトというのは、何がどう変わったんですか。

牧野: ジャーナリズムスクールでは権力側ではなく市民側の目線を保つように口酸っぱく言われました。基本は権力のチェックにある、と。たとえば教育問題を取材したときのことです。日本人補習校(英語圏等で日本人子弟を対象に、平日の放課後や週末に日本語等の補修的内容の授業を行う学校)の状況について書いたんですが、新聞社時代のノリで取材して原稿を書いたらボツにされたんです。

 教師、専門家、保護者らに何人も取材し、データも加えてけっこう長い記事を書いたんです。これなら日本の新聞でも書いているような記事だし、OKだろうと考えたんですが、ハナから「これではだめだ」ということでゴミ箱行きになったんです。

 目からうろこだったのは「この記事の主人公は誰か」と聞かれたときです。「主人公は子どもでしょう? 子どもに取材せずに教師ら権力側の視点だけで書いている。これでは当局発表のプレスリリース原稿と変わらない」と言われました。

 次に「一日教室内で過ごして授業風景を観察しなさい。そこで子どもにインタビューするのです」と指示されました。子どもを取材するときのアドバイスも2つ。「あめ玉を買ってくる」と「子どもと目線を同じにする」です。それを肝に銘じて学校に行け、と。その通りにしたら子どもからたくさんコメントを引き出せました。記事を書き直す際には子ども中心の話にして、権威筋ら当局側の話は補足的に使いました。

 つまり、主従を逆転させたわけです。子ども中心の話のなかに当局の話をちりばめていくという形です。そんな原稿を再提出したら、指導教官から「よくやった、これで生き生きとした原稿になった」と高く評価してもらえました。

田原: 当局の視点で書いた記事と子どもの目線で書いた記事は、具体的にどこがどう変わったのか、つまり、当局だけを取材したのでは見えなかった何が見えたんですか?

牧野: プレスリリース的な部分がなくなって、もっと生々しい記事になりました。元々の原稿は教育する側が「こういうふうにして子どもを教育していきたい」という話だったんですが、子どもの視点に立つときれい事だけじゃないと分かるんです。マイルで言うべきところをキロで言ってしまう子どもがいたり、積極的にみんな手を挙げるなかで自分だけなかなか手を挙げられない子どもがいたり、子どもなりの苦労もたくさんあるのです。

 実際に授業を見てみると、子どものなかでもいろいろ葛藤があり、それが見えたというところが大きいです。オフィシャルな視点で見ると素晴らしい補習教育に見えます。ところが、子どもの視点でみると実はたくさん粗もあり、子ども中心の話にしてこそ現実が見えるのではということです。

 書き直して指導教官から評価してもらえた記事を「日本人の話だから日本の新聞で使ってくれるかもしれない」と思って新聞社に送ったら、使ってもらえたのです。ところが、記事では子どものコメントと授業風景の描写がバッサリカットされていたのです。元々のプレスリリース的な記事に逆戻りしたわけです。それが日米の報道姿勢の違いとして鮮烈に記憶に残ったので、パラダイムシフトという言い方をしたんです。

田原: なるほど、アメリカでは当局側の視点で書いた記事にノーと言われて、子どもの視点を入れて記事にしたら、その記事を受け取った日本の新聞は子どもの視点を全部切ってしまったわけですね(笑)。

牧野: それがきっかけでこのような本を書きたいと思うようになったのです。現代ビジネスの連載を始めるに際しては編集長の瀬尾傑さんから「まずは時事的な話から入ってくれ」と言われたので、日本人補習校の話は後回しにし、トヨタのリコール問題から入りました。

 トヨタのリコール問題をめぐる報道には、日本人補習校をめぐる一件と共通項があるんです。補習校の記事で子ども目線が重要だとしたら、トヨタ報道では消費者目線が重要という意味で共通するのです。

 トヨタのリコール問題では、アメリカの新聞のなかではカリフォルニア最大の新聞ロサンゼルス・タイムズが頑張っていました。リコール問題は地元ニュースだったからです。カリフォルニアではトヨタがブランド別では最大のメーカー。三割近いシェアを持っていて、フォードとかシボレーは一割以下。トヨタのアメリカ子会社「米国トヨタ自動車販売」の本社もカリフォルニアにあります。全国的な注目を集めたレクサス車の事故もカリフォルニアで起きました。

 だからロサンゼルス・タイムズは地元紙として必死で取材するのですが、全然豊田章男社長には食い込めていなかったです。日本の新聞社には、そこで断然遅れをとっていた。

田原:豊田章男さんが、アメリカの議会に呼ばれますよね

牧野: 私はちょうどそのときにこの現代ビジネスで原稿を書き始めたばかりだったので、下院公聴会に豊田章男が呼ばれた様子も含め、日米の新聞報道を比較して見ていたんです。

 ロサンゼルス・タイムズはトヨタの経営トップに食い込めていませんでした。その代わりに何をやったかというと、運輸省や警察署、裁判所などの公開情報を何千件も調べるんです。実際に事故がどういうパターンで起きているか、データを分析して浮き彫りにしようとするのです。同時にトヨタのドライバーに何十人も取材します。そうすると、日米の報道にクッキリと違いが出てくるんです。

 日本の新聞は常にトヨタ側の視点で書いていました。トヨタの幹部に食い込んで、トヨタが追加リコールをするかどうかとか、豊田章夫が公聴会に自ら出るかどうかとか、トヨタの次の一手をニュースとして報じることに力を入れていたのです。トヨタ車のオーナーが一面トップ記事に写真付きで登場し、「こんな体験をした」といった話が紹介されることはまずなかったですね。トヨタ車の事故歴などの公開情報を見て、どういうパターンで事故が起きてきたのかを詳細に分析して一面トップにするようなこともありませんでした。

 ロサンゼルス・タイムズは「電子制御システム上の構造欠陥がひょっとしたらあるかもしれない」ということを疑いつつ調査報道を展開していました。結果的には電子制御ステム上の欠陥は発見されませんでしたが、それはそれで構わないのです。

 ドライバーら消費者の視点で「ひょっとしたらトヨタは何か隠しているかもしれない」という視点で取材することこそ重要だからです。結果的に「電子制御システムにも欠陥はなく、心配は要らない」という結論になってもいいのです。権力のチェックを標榜するならば、消費者の不安を取り除くことを優先しなければならないいのではないか、と私は言いたかったのです。ロサンゼルス・タイムズのトヨタ報道についてはこの点ではお手本になります。ピュリツァー賞の最終候補にも残っていました。

田原: 結局、トヨタのどこが問題だったんですか?

牧野: 初期対応がまずかったですね。マスコミ向けの対応として、社長の豊田章男がもっと早い段階で表に出てくるべきだったと思います。

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