行き詰まる年金制度の「抜本改革」
「決められない政治」の罪深さ[明日への不安]

先行きへの不安が募る日本社会

 東日本大震災からのこの1年、日本人は戦後最も「不安」にかられた時間を過ごした。震災による生活の苦しさと将来への不安・・・。被災地の復興を含めた国民生活の安心・安全をいかに回復し新たな成長へつなげるか。民主党政権は「税と社会保障の一体改革」で消費税引き上げと年金制度の抜本改革を目指すが、「一体改革」の中身はお寒い限りだ。

 また人口減少時代に突入し社会の担い手世代が先細りするという現実が追い打ちをかける。「決められない政治」の状況の中で、「明日への不安」が重く漂う。

国民の失望を招く「抜本改革」の中身
火種は「最低保障」より「所得比例」だ

 民主党が2月10日に公表した新年金制度に関する試算は、「消費税を75年度に最大7・1%引き上げ」という数字にばかり関心が集まった。野田佳彦政権が目指す消費増税法案が成立し15年10月から消費税率が10%に引き上げられたとしても、さらに7・1%の増税が必至という、国民にとっては先行きの暗く荷の重い話で評判がいいはずはない。

 しかし、設計次第で増税幅の変わるこの「最低保障年金」よりも、今後の火種となりそうなのは「所得比例年金」の設計の方だ。増税幅は「最低保障年金」の設計次第で膨らみも縮みもするが、所得比例年金で想定する負担と給付の関係は現行制度と大差なく、少子高齢化が進めば給付水準を抑制せざるを得ない。世論の年金不信に対して「抜本改革」をうたった新年金制度の実像が知れ渡れば、かえって国民の失望を招きかねない。

 政府が税と社会保障の一体改革をPRするために主要閣僚が全国を回る「対話集会」の初日の2月18日。長崎市を訪れた小宮山洋子厚生労働相は、新年金制度に関し、「人口構成などを考えると、残念ながらバラ色というのはできない」と述べ、「抜本改革」を行っても給付水準が改善しないことを認めた。

 現在の年金制度は、全国民共通の「基礎年金」(定額、11年度=月額6万5741円)があり、その上に所得によって保険料と受給額の変わる「報酬比例年金」が乗った「2階建て」だ。2階はサラリーマンなら厚生年金、公務員は共済年金。自営業者らは1階のみの国民年金に加入する。基礎年金の財源は保険料と税で半分ずつ賄っている。

 一方、民主党の掲げる新年金制度は三つの制度を一元化し、所得に応じた「所得比例年金」を創設する。基礎年金を廃止したうえで、低所得者向けに全額税財源の「最低保障年金」(満額月額7万円)を補足的に支給する。

 民主党の試算は最低保障年金の支給対象によって4案ある=表参照。最も対象の広い(1)案は「生涯の平均年収」が260万円の人まで満額を支給し、徐々に減額して690万円で支給を停止する。(2)~(4)案では満額支給は年収ゼロの人だけで、年収に応じて減額し、支給停止基準は690万円~380万円。

 15年度に消費税率が10%になることを前提にして、75年度に必要な消費税増税額は①案では7・1%に達する。他の3案は4・9~2・3%、現行制度を続けた場合でも2・4%の増税が必要だとしている。

 所得比例年金と合わせた全体の給付水準では、現行制度を維持した場合より高くなるのは(1)案だけ。さらに、(1)案でも年収400万円強を超える人は現在より給付水準が低くなる。

 (2)~(4)案では大半が給付減となる見込みだ。給付水準が下がるのは、税という「補助」のある基礎年金がなくなるからだ。しかも、基礎年金の保険料財源は所得再分配の機能を持っている。基礎年金廃止によって高所得層から低所得層への「支援」がなくなるため、高所得層に有利な面もある。結局、最も影響を受けるのは中間所得層ということになる。

 試算は昨年春に民主党社会保障と税の抜本改革調査会の仙谷由人会長(当時)ら限られた幹部が検討したが、世論の反発を懸念し、公表を見送った。それが今年に入って明るみに出た。民主党は当初、「数字が独り人歩きしている」(前原誠司政調会長)などとし、1月29日の政府・民主三役会議で公表しないことを決めた。ところが、野党から「隠蔽」批判を受け、2月6日の同会議で一転、公表すると方針を転換した。野党側の批判をかわし、税と社会保障の一体改革の与野党協議につなげるためだ。だが、民主党が「党の正式な試算ではない」としたことに、「無責任だ」(自民党の石原伸晃幹事長)と野党側が反発し、もくろみは外れることになった。

 民主党は試算の前提となる新制度の概要も公表した。それによると、支給開始年齢は65歳、所得比例年金の支給額は「年金資産(保険料)÷受給時点の65歳余命(男女平均)」となっており、平均余命が長くなれば受給額は少なくなる。さらに、受給開始後の年金額は「見なし運用利回り」で調整するとしている。「見なし運用利回り」は賃金上昇率に15~64歳の人口減少率などを勘案して決める。つまり、賃金上昇率より年金額の伸びを抑えるもので、現行制度で給付増を抑制するための「マクロ経済スライド」と同様の仕組みだ。

 保険料率は15%(労使折半)。現行制度では17年度に18・3%まで引き上げ、以降は変更しない方針だ。一見、負担が軽くなるようにみえる。しかし、現行で約3%分の障害・遺族年金の保険料は別途徴収するため、現行制度と同程度を想定していることが分かる。

 現在の年金制度は年金支給に必要な財源を現在の現役世代の保険料で賄う「賦課方式」の要素が強い。保険料が低ければ給付も少なく、給付を増やすには多くの保険料が必要になる。新年金制度もこれを踏襲しているため少子高齢化の影響は免れない。

 賦課方式では将来の急激な高齢化に耐えられないことが分かっていたため、日本の年金制度は積み立てた保険料に利息を付けて老後に受け取る「積立方式」として始まった。だが、積立方式は急激な物価上昇によって年金額の実質価値が低くなる難点がある。このため、賦課方式を基本としつつ、将来の高齢化のピークに積立金を活用する現在の方式に改めてきた経緯がある。

 高齢化に歯止めが掛からない中、橋下徹大阪市長率いる大阪維新の会は「積立方式」への転換を打ち出している。しかし、既に現役世代の保険料は現在の高齢者の年金に使われている。これを元に戻すには膨大な財源が必要で、政府は積立方式に戻すことは考えていない。

 とはいえ、政府も現状を放置できないとの認識はある。一体改革では現行制度の改善策として、低所得者への基礎年金加算と高所得者の基礎年金減額を検討している。厚労省案によると、低所得者には基礎年金の満額が月額7万円となるよう一律6000円を支給する。一方、年収850万円を超える高所得者は、基礎年金のうち税で賄っている部分の一部または全部の支給を停止する。低所得者に満額7万円を保障し、高所得者には税の補助をやめる仕組みは、新年金制度の考え方に沿ったものだ。

 もともと政府は6月にまとめた一体改革の「成案」では、新年金制度は「将来の課題」とした。新制度を事実上葬り、自公両党の歩み寄りを引き出す狙いだ。一方で、新制度の理念を生かした現行制度の改善を行って民主党側の顔も立て、04年改革を最後に停滞したままの年金改革の議論に出口を作る戦術だった。ところが、昨年12月末にまとめた「素案」では、長妻昭元厚労相の主導の下で、新制度法案の来年の国会への提出を明記し、新制度をよみがえらせた。これが自民、公明両党を刺激した。両党は新制度の具体像提示を執拗に求め始めた。

 政府は今国会に消費税法案に併せて現行制度の改善策の法案を提出する方針だが、野党側の協力が得られる状況ではない。国民の年金不安が募るばかりだ。

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