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検証ルポ 液状化の街・浦安住民から訴えられた三井不動産の「責任」
(上)住宅地内の駐車場は傾き、段差が生じてしまった。アスファルトや砂で対応しているが、駐車は難しそうだ
(左下)敷地内の私道は、1年近くが経過した現在も異様に波打っている。見つめ続けると頭が痛くなってくる光景
(右下)液状化による地盤沈下で歪な力が加わったコンクリート塀には、長く深い亀裂が走り、鉄骨が見えている〔PHOTO〕蓮尾真司(以下同)

 駐車場が傾き、道路は波打ち、身体に異常が---。住民32人が大手デベロッパーを相手に7億円の損害賠償請求を起こした。土地改良をしなかったせいなのか、そして大震災の「疵」は防ぎようがなかったのか

「地震直後、自宅の庭から泥水が噴き出したんです。18cmほどの深さがあったと思います。通気口の上まで溜まりました」

 千葉県浦安市入船地区の分譲住宅地、「パークシティタウンハウスⅢ」に住む上野智さん(72)は、自宅の外壁に開いた通気口を指さしながら、こう振り返った。

自宅の庭が液状化した際に、水が来た高さを示す上野智さん。今回の訴訟で、原告団に名を連ねている

 昨年3月11日の東日本大震災で、震度5強の揺れに見舞われた千葉県浦安市。液状化した地面に自転車が呑み込まれ、マンホールが1mも隆起した映像を、衝撃とともに憶えている方も多いだろう。

 その浦安市の一角、70戸の住宅が建ち並ぶ分譲住宅の住民、32人がデベロッパーである三井不動産(本社・東京都中央区)に対し、損害賠償請求を起こした。請求総額は7億500万円を超える。訴状は三井不動産の不備を次のように指摘する。

(左上)大震災当日、液状化の被害に遭い、泥が覆い尽くした上野さん宅の庭。その量は、土のう約70袋分に及んだ
(右上)震災後、住宅地内の中庭では、液状化によって地盤が崩落した。土中からは塩ビ管などのゴミが大量に出た
(左下)各住宅を繋ぐ通路は、一帯が噴き出したどす黒い水に浸かった。水が引いた後の通路は、各所に段差が出現
(右下)この通路を水浸しにした液状化被害によって、隣接する住宅地のガスが7日間、上水道が18日間、下水道に至っては45日間も使えなかった

 (1)三井不動産は、東京ディズニーランドを含めた浦安市の埋め立て造成事業を請け負い、本件埋め立て地の地盤状況について熟知していた。

 (2)日本住宅公団(現都市再生機構・UR)が入船地区近隣に分譲した住宅地は液状化防止を目的に、サンドコンパクションパイル工法(注1)及びグラベルドレーン工法(注2)による地盤改良を行っていた。三井不動産が適切な地盤調査を行っていれば液状化の危険を認識できた。

 (1)、(2)の前提に立ち、三井が適切な地盤調査をもとに地盤改良をしなかったから、地震によって土地が液状化したと主張しているのだ。

 本誌は、実際に問題となっている分譲住宅地を訪ね、取材した。

中村さん宅のリビングにゴルフボールを置くと、ボールは本誌記者に向かって音を立てて転がっていった

 まず、現在も傾いたままの家に住む、中村雅樹さん(仮名)の家の内部へ入った。中村さんの家のリビングルームには、「下げ振り」と呼ばれる、建築業者が測量に使う垂直方向を測る道具が天井から吊されていた。床面へ近づくに従って、壁から離れる「下げ振り」が、壁の異様な傾きを静かに知らせる。

 中村さんの家は、部屋の端から端までで35cmもの高低差があり、一歩足を踏み入れただけで前につんのめりそうになる違和感に包まれていた。中村さんがゴルフボールを床に置くと、コロコロと音を立てて本誌記者の元へと転がってくる。

注1、注2)砂の杭や石の柱を地中に埋め込み、地盤を改良する工法
「通路を挟んだ向かいの棟と同じ高さだったが、コンクリートの分だけ家が高くなった」と前田さんは語る。右下は床下から出た空き缶

 原告団の一人に名を連ねる住民の前田智幸さん(65)も、地盤の液状化により自宅が被害を受けた。

「家の表と裏で、28cm傾いていました。角度でいえば1.5度ほどなので見た目では分かりづらいのですが、実際傾いた家に暮らしている間は、かなりの違和感がありました。トイレにかけているカレンダーは、いつ見ても傾いていましたね」

 ダメージは、家屋だけでなく住民の身体にも及んだ。傾いた家で暮らす前田さんが、体調に異変を来したのだ。

「夜中にトイレに起きて暗闇の中を歩いていると、壁にぶつかってしまって青アザができたことがありました。おかしいなと思って、昨年6月11日に耳鼻咽喉科で精密検査を受けたところ、『三半規管』に異常が起きていると診断されました」

 体調の異常を訴えたのは、前田さんだけではない。前出の上野さんも頭痛やふらつきの症状が出て、まっすぐ立つことが困難になったという。

 液状化に対する不安は、住民によってまちまちで、対応の違いを生んでいる。傾いた家に住み続けることができず、近所に賃貸住宅を借りた住民もいるといい、前出の中村さんが、その理由を語った。

「ジャッキアップ(注3)することが家を水平にする近道ですが、近いうちに大地震が来ると予想されている中で、それだけでは不安だと思う住民もいます。一旦、家屋をすべて取り壊した上で液状化対策を施し、その後に建て直したいと考える人が、特に若い住民に多いです」

 逆にジャッキアップをしたことで、三井不動産に対しさらなる怒りが湧いたのが、前田さんだ。前田さんは7月、自宅と棟続きになっている隣家ともどもジャッキアップを試みた。

注3)ジャッキという工具を使って物を持ち上げること

「浮き上がった部分にコンクリートを流し込むために、床下の土を掘り出しました。すると、空き缶やカーペット、ハイヒールのかかと、スリッパ、レンガ屑などのゴミがボロボロ出てきたのです」

 出てきたゴミの処理費用などがかさみ、当初は200万円だった見積もりが約300万円まで膨れ上がることに。タタミ2畳分ものカーペットが埋まっていた隣家に至っては、工事費用は350万円にも上った。

「ゴミ処理の費用を、埋めた三井ではなく住民が払わされるなんて、信じられなかった」(前田さん)

 訴状には、コンクリート塊や廃棄物がニュータウンの敷地内に埋められていたことも明記されている。

三井不動産の「責任」

中村さん宅のリビングは、今も傾いたまま。天井から吊り下げられた「下げ振り」が、傾きの酷さを物語る

「パークシティタウンハウスⅢ」の分譲が始まったのは1981(昭和56)年と、現在から30年以上も遡る。それでもなお住民32人が、三井不動産を提訴したのには理由がある。原告側弁護団の重田和寿弁護士は、こう語る。

「同時期に分譲した隣のURの住宅地は、地盤調査と液状化対策をきちんとやっており、今回被害は出ませんでした。一方で、三井不動産に調査、対策をしたのか尋ねると『当時の資料が一切残っていない』と答えるだけなのです。地盤調査をしたのかも分からない。これは、まったく何もしていないと考えられます」

 東日本大震災は、M9.0という未曾有の規模だった。30年以上前に、三井不動産は災害を予見する義務があったのか。

 この分譲住宅の建設当時、木造低層の住宅建設に対して、地盤の安全基準を定めた法令はなかった。今回の裁判での争点は、三井不動産側に「瑕疵」があったかだ。アディーレ法律事務所の篠田恵里香弁護士は、「瑕疵」の立証と「瑕疵担保責任」の負担期間がポイントになると語る。

「今回のケースは、宅地の耐震性が問題となります。浦安市で想定された地震の規模と液状化の危険性が、建築業界の最高の知識判断においてどの程度予想されたか、本件土地がそれに耐えうる耐震性を有していたかが、瑕疵の有無を判断する上での重要な争点となるでしょう」

 では、瑕疵が立証できたとして、どこまで責任を問えるのか。

「瑕疵による契約解除や損害賠償請求は、瑕疵発見から1年以内と民法で規定されていますが、これでは、瑕疵が数十年も経過した後に発見されても、売り主は負担を強いられてしまいます。そこで'01年、最高裁は、瑕疵の発見から1年以内でも、引き渡しから10年が経過していたら損害賠償請求できないという判断をしました。今回のケースでは、引き渡しから最長30年が経過しているということで、瑕疵担保責任の追及は難しそうです。ただ、原告側が『不法行為』という構成で主張した場合や『事案の特殊性に鑑みた裁判所の異例な判断』が打ち出された場合は、結果が変わる可能性もあるでしょう」

 住宅ジャーナリストの榊淳司氏は、原告側の訴状を見ながら三井不動産の対応のマズさを指摘する。

「三井側が住民に応対したのは、訴状を読む限り2回だけ。これでは住民が納得できるはずがない。1mの深さからゴミがボロボロ出てくるというのも、三井側に相当不利です。1mという深さはどのような工法でも基礎工事の段階で気づくはずです。建物がいくら立派でも、基礎のゴミを処理せずに建物を建てるなど、建築の常識として有り得ません」

 確かに前田氏も、この裁判で訴えたいのは「三井の不誠実さだ」と憤る。

「ゴミの上に建てられた家で暮らしていたとは夢にも思いませんでした。この裁判は、カネや勝ち負けではなく、三井の不誠実な態度を告発したいだけなんです」

 原告の強い態度に対し、三井不動産はどう考えているのか。本誌取材に対し同社広報部は、「訴状が届いておらず、内容を確認していないので、回答は差し控えます」との回答だった。

 重田弁護士は、口頭弁論の開始を「3月末から4月」と見る。司法の場で、三井不動産の「責任」はどう問われるのか。

「フライデー」2012年2月24日号より

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