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美食は食道がんに通ず、のか? 飲みすぎ、食いすぎ、手術がコワイ人、必読の書「死なない練習」の著者・長友啓典が語る、「食道がん、その後の経過報告」インタビュー4

インタビュー3はこちらをご覧ください。

 長友啓典(ながともけいすけ)は1939年4月、コテコテの大阪、阿倍野区天王寺の旅館「新宿」の息子として生まれた。戦後すぐの小学校の頃は、どこにでもいるスポーツ小僧で日が暮れるまで三角ベースで野球をしていた。地元の文の里中学校に入学して「ラグビー」と運命的に出会う。ラグビーの名門天王寺高等学校に入学して、国体にも全国大会にも出場。ふつう文武両立の名門公立高校を卒業したら、大学でもラグビーを続けるのが常識だが、人とは違う道を見つけたい気持ちがムクムクわいてきて、気づいたら大学の受験シーズンは終わっていた。

 上京して、倉庫番、機械の修理工など職を転々。いまで言うプータロー、フリーターの期間が2年。そして「デザイン」とまたまた運命的な出会いをする。以来半世紀、たくさんの雑誌づくりや広告づくりにたずさわる一方で銀座のクラブ通い、食い道楽、ギャンブル道楽、ゴルフ道楽にいそしむ。2009年、70歳の冬に町医者での検診で初期の食道がんが発見され、翌年がん除去手術のために入院。手術は無事に成功し3週間で退院した。

小林薫を競馬の道に引っ張り込んだのはボクです

 ---入院中はどのように時間を? 競馬をされていたと伺いましたが・・・。

長友 退屈やったから(笑)。いつもは馬について検討する時間はなかなかないから、金曜日とか土曜日にチョロチョロって新聞を見る程度でしょ。

 ところが入院中は調教のような各馬のデータがインプットされる。手を抜いた走り方をしているとか、練習のときからジョッキーが気入れて乗ってるとか、調教助手が乗ってるとか、関西からわざわざ乗りに来てるとか、そういうのを見てるとなんとなく裏側というかジョッキーや調教師や馬主さんのレースに対する気持ちの入れ方が見えてくるんです。「ここで取っとかないいかん」とか「ここは流しといて、次のビッグレースのための練習台や」というようなことがなんとなく見えてきそうな気がする。そういうのが楽しいんです。

 ---「長友流馬券術」みたいなものがあるんですか?

長友 そんなタイソなもんやないんですけど、なんとなくのカンです。たとえば関西が主戦場の武豊がわざわざ栗東まで乗りに来た、ということは馬の調子を見に来たはずなんです。あれだけたくさん乗ってるひとだから、毎回見に来てるはずはない。それで「今回はキテる」と思う。でも「キテない」と思ったときに勝つときもあるんやからええかげんなものなんです(笑)。

 ---レースという物語をつくって楽しんでるということなんですか?

長友 そうそう。馬主さんのせがれが結婚したから、これはお祝いで勝つやろうとか(笑)。引退する馬のレースやから、この辺で買っとくとか。よく「餅つき馬券」いうてずっと調子悪かった馬が暮にポンと勝ったりすることもある。