スポーツ

プロスポーツ選手たちの「苦悩の日々」この孤独と不安に耐えられますか 己の才能の限界、予期せぬケガ、ライバルの活躍、短い選手生活、社会性のなさ

2012年02月13日(月)
週刊現代

 安打が1本少ないだけで、パットが1mmずれただけで、タイミングが1秒遅れただけで、すべてを失うかもしれない---憧れだけでは語れないプロスポーツの世界。選手は常に不安と戦っている。

どんなに考えても分からない

 プロ生活の15年間、柴原洋(37歳)には心から休まる日など1日もなかった。

「365日、野球のことばかり考えていました。夜、床につくと悶々としてくる。『なぜこうなるんだ』『おれ、もう終わっちゃうんじゃないのか』って。考え出すと止まらなくなるんです」

 そして昨季を最後に、柴原はユニフォームを脱ぐことを決めた。

「優勝争いの中で、ベンチから後輩が活躍するのを見て『あのがむしゃらさは、もうおれにはないな』と思ってしまった。技術では負けてないですけどね。ただ、張り詰めていた気持ちが萎えたんですよ」

 それが、ベストナイン2回、ゴールデングラブ3回を誇るスター選手が、現役生活の最後を定めた瞬間だった。

 華やかなスポットライトを浴び、憧れと羨望の的である、プロスポーツの世界。だが選手たちが語るのは、底知れぬ不安との孤独な闘いの記憶に他ならない。

 柴原は'96年、ダイエー(現・ソフトバンク)からドラフト3位指名を受け入団。2年目に打率3割1分をマークし、一足飛びでスターダムを駆け上がる。

 しかし柴原が「安定」を感じたことはプロ入り後、一度もなかった。

「誰かと競っているうちはまだいいんです。何より恐ろしいのがケガですよ。どんなに注意しても来る時は来るんです」

 8年目の'04年、柴原は、現ソフトバンク監督・秋山幸二の永久欠番になる予定だった背番号「1」を継承。チームの顔としての活躍を期待されていた。

 その矢先のことだ。以前から持病のあった腰が、開幕直後、盛大に悲鳴を上げ始めた。それは、真の苦悩の日々の始まりだった。

「昨日まで自分のポジションだった位置に他の選手が立っている。悔しくてテレビをつけることすらできなかった」

 異変を察した妻と子供は、野球の話をすることさえ避けるようになった。

 悪循環は続く。

 翌'05年、チームは柴原とよく似たタイプの大村直之を近鉄からFAで獲得。すでに大幅に減少していた柴原の出場機会は、ライバルの活躍によってさらに激減する。

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