予防接種〝後進国〟日本の課題
ロタウイルスワクチン接種の公費助成に期待[医療]

小児科医師らが広島市内の電車内に掲げたワクチンキャンペーンの広告(千葉市の太田文夫医師提供)

 日本のワクチン予防接種は他の先進国に比べ、10~20年も遅れている。国が責任をもって行う定期接種の数は、米国の半分程度しかない。子供の命を守るためにも、国や政治家はもっとワクチン接種の意義を国民に訴えていく必要がありそうだ。

 下痢を起こす病気として、腸管出血性大腸菌やノロウイルスがよく知られているが、ロタウイルスはあまり知られていない。しかし、乳幼児がかかる急性胃腸炎で最も多いのがロタウイルスによる胃腸炎だ。

 乳幼児のほぼ100%が5歳までに感染する。突然、おう吐や下痢、発熱が生じ、白い下痢便が続く。国立感染症研究所によると、毎年約80万人の乳幼児が病院にかかり、うち約1割が脱水やけいれんなどで入院、まれに死亡することもある。

 感染力が強く、小さな赤ちゃんほど重症化しやすいが、対症療法のみで確実な治療法はない。左半身が不自由な5歳の長男を抱える大阪府内の母親は「生後1歳7カ月のとき、突然、白い便の下痢とおう吐が始まった。治療でなんとか回復したものの、後遺症が残った。ワクチンを接種していれば、防ぐことができたと思うと悔しい」と話す。

 今のところ、いったん体内に感染したロタウイルスを撃退する抗ウイルス薬はない。ワクチン問題に詳しい尾内一信・川崎医科大教授(小児科)は「現時点ではワクチン接種が最も確実な予防法だ」と指摘する。

 WHO(世界保健機関)がワクチン接種を勧めていることなどから、すでに世界では120カ国以上でワクチン接種が実施され、米国、豪州など先進国の多くでは定期接種として全額公費助成がある。

 日本では昨年11月から、やっと1社(グラクソ・スミスクライン社)のロタウイルス予防ワクチンが使えるようになった。これはウイルスを弱毒化した経口の生ワクチンで、生後6週~24週までに2回、接種する必要がある。

 ロタウイルスの感染症に詳しい川村尚久・大阪労災病院小児科部長によると、乳幼児に生じる脳炎・脳症の原因で一番多いのはインフルエンザウイルスだが、次に突発性発疹、3番目に多いのがロタウイルスだという。

 そうであれば、親としてはぜひともワクチンを受けたいところだが、残念ながら、国が責任をもって行う、自己負担なしの定期接種には組み込まれていない。1回当たりの接種費用は病院によって異なるが、約1万2000~14000円。これだけの自己負担があると接種率は低くなることが予想される。

 こうした中、栃木県大田原市は昨年12月、半額(7000円)を助成することをいち早く決めた。名古屋市も今年秋から半額助成を決めた。このほか、栃木県日光市や茨城県阿見町も助成する方針だが、公費助成の動きは始まったばかりだ。

 米国では、乳幼児の入院患者はワクチン導入前には年間約6万2500人もいたが、導入後は約7500人に下がり、約9割も減った。死亡する子供も毎年、数十人いたが、ワクチンの導入でほとんどなくなった。

 子供がロタウイルスで胃腸炎を起こせば、親は会社を休んで看病しなければならなくなる。そうした労働損失額や医療費を含めるとロタウイルスによる経済損失総額は年間約540億円にもなる(川村医師)。

 こうしたことから、尾内教授は「あのときワクチンを受けていれば、とあとで後悔しても遅い。定期にせよ、任意にせよ、ワクチンを積極的に受けてほしい。自治体による公費助成も必要だ」とワクチン接種の普及を訴える。

 ロタウイルスワクチンに象徴されるように、日本では国が行うワクチン接種は、ジフテリア、麻疹、日本脳炎、ポリオなど8疾患と少ない=表参照。

 先進国ではワクチン接種が当たり前になっているおたふくかぜ(流行性耳下腺炎、ムンプスともいう)も、日本では任意接種のままだ。おたふくかぜは、死亡はまれだが、3~6歳を中心に年間5000人前後が重い症状に苦しみ、入院する。

 怖いのは、頻度は低いものの、脳をおおう髄膜に炎症が起きる髄膜炎や難聴などの合併症が起きることだ。思春期以降に感染すると精巣の萎縮や精子の減少が起きたりする。妊婦だと流産の危険性もある。

 しかし、国立病院機構三重病院の庵原俊昭院長によると、おたふくかぜのワクチン接種を1回か2回行えば、発症者数は約90~95%も減ることが西欧諸国の調査で分かっているという。

遅れの背景に副作用訴訟

 これは数字でも裏付けられている。おたふくかぜの日本国内の患者数は約43万~136万人(国立感染症研究所)もいるのに対し、ワクチン接種を導入している米国(人口約3億人)は約980人と極めて少ない。

 おたふくかぜのワクチン接種では、三重県亀山市が08年から、1人当たり3000円を助成している。助成のせいで、同市では3歳時点での接種率は約7割と高い。接種率が上がれば、発症数は西欧並みに下げられることになる。

 亀山市の例は自治体による助成が感染症の予防に有効な事例と言えるが、まだまだB型肝炎にせよ、水痘(水ぼうそう)にせよ、自治体による助成は少ない。

 日本のワクチン接種が遅れた背景には90年代のワクチン訴訟による影響が尾を引いているようだ。 MMR(麻疹、おたふくかぜ、風疹)ワクチン接種では副作用による死亡者が発生し、訴訟まで起きた。こうした訴訟の影響を受け、国は94年に予防接種法を改正、接種は強制的な義務から、努力義務(勧奨接種)になった。「接種が義務でないということは、危ないからでは」といったマイナスイメージが残ってしまったのは痛い。こうしたマイナスイメージの払しょくに政治家の関心が低いのも課題のひとつだ。

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