閉鎖されたホテルを舞台に、観客が自ら体感する演劇「スリープ・ノー・モア」の魅力
(l-r) Nicholas Bruder and Sophie Bortolussi with audience members © Robin Roemer Photography

 開業がなされぬまま長年にわたって放置されてきたホテル。中にはヒッチコック映画を彷彿とさせる不気味なインスタレーション。そこで無言で繰り広げられるシェイクスピアの「マクベス」をモチーフとしたパフォーマンス。観客は「オペラ座の怪人」の怪人と同様の仮面をかぶり、無言で見て歩く。

 第56回ドラマデスク・アワードで独創的演劇経験賞を受賞した演劇作品「スリープ・ノー・モア」。今回はこの作品をご紹介する。

観客ごとに異なる演劇体験

 公演が行われているのはマッキトリック・ホテル。マンハッタンの10番街と11番街の間の27丁目、530番地にある。エリアとしてはチェルシーにあたる。

 このホテルは1939年に完成し、ニューヨークで最も華やかでデカダンのホテルになるはずであった。だが、第二次世界大戦の開戦から2日後、開業予定の6週間前に閉鎖され、開業することはなかった。

 ホテルに到着した観客は、まず全ての荷物をクロークに預けるよう求められる。

 ついで、受付で名前を告げると1枚のトランプのカードを渡される。

 これを持って真っ暗な廊下を壁伝いにひとしきり進んでいく。すると、温かなラウンジが目の前に現れ、ホストが迎えてくれる。

Matthew Oaks (center) with audience members ©Yaniv Schulman

 アルコールをたしなみながら歓談していると、トランプのカードごとに呼ばれエレベーターに向かう。カップルで出かけても、カードによってはここで離れ離れになる。

 観客には仮面があたえられ、2つの注意がなされる。決して仮面を取ってはならないこと。口を開くのは許されないこと。

 エレベーターを降りたところで解散。観客はホテルの中を階段を上ったり下りたりしながら自由に見て回る。

 100に及ぶ部屋が並んでいる。病室もあれば、テディベアと女の子の人形がベッドに置かれた部屋もある。メトロノームが鳴っている部屋もあれば、虫の音が聞こえる墓地もある。

 この作品は往年のハリウッドのフィルム・ノワール(犯罪映画)とアルフレッド・ヒッチコック監督から影響を受けており、陰影豊かな空間が展開されている。

 様々な部屋を見学していると、やがて役者たちが姿を現す。

 ドレスを着た女が現れ、長椅子にうずくまってお腹を抱えて苦しみ出す。すると、今度は女は怪しげな笑みを浮かべて観客の1人を手招きし、観客とともに扉の向こうに消えてしまう。

 またあるところでは、男たちがトランプに没頭中。ひと勝負つくごとに、トランプをトンカチで猛烈な勢いで壁に打ち付けている。

 そして、フロントにはスーツケースを持った女が現れ、フロント係と何やら険悪な状況に。

 ストーリーはシェイクスピアの「マクベス」をベースにしているが、それ以外の作品からも材料が取られている。

(l-r) Nicholas Bruder as Macbeth and Sophie Bortolussi as Lady Macbeth with audience member © Yaniv Schulman

 観客は思い思いに役者についてゆく。時に役者は全力疾走するので、おいてきぼりを食わないよう観客も全力で走る。それでも振り切られたりするが、その時はまた違う役者に目を向ければよい。ついていく役者によって、観客ごとに異なる演劇体験を味わうことになる。

 だが、どの役者についていっても、やがてはある階にたどりつく仕掛けになっている。そこではある重要なシーンが演じられる。これが終わると、役者たちは再び四方八方に散り、観客もまた役者たちを追う・・・

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