スポーツ

栴檀は双葉より芳し?監督たちに聞く
少年野球時代 彼らはすでに天才だったのか

ダルビッシュ 田中将大 中村剛也 坂本勇人 松田宣浩ほか

2012年02月10日(金)
週刊現代

 末はプロ野球選手間違いなし---。日本全国に、天才と呼ばれる野球少年たちがわんさかいる。だが、その多くは高校・大学と経るうちに「ただの人」になる。プロで活躍できるのはどういう少年なのだろう。

これが中学生のスライダーか

 1月24日、スタンドに詰めかけた1万811人のファンに向けて、ダルビッシュ有(25歳)は高らかに宣言した。

「世界中の誰からも、ナンバーワンはダルビッシュと言われるような投手になりたい」

 日本球界に敵をなくしてしまった天才投手がとうとうメジャーへと渡る。

 天才はいつから天才だったのか。その原点---少年時代を追った。

「有は昔から、いまのダルビッシュ有でしたよ」

 少年野球チーム「全羽曳野ボーイズ」で小・中学校時代のダルビッシュを指導していた田所鎮樹氏は、このように断言する。

「体つきからして他の子供たちとは違っていました。中学3年のときに身長180cmですよ。他の同級生より20cmは大きい。しかも日本人離れしたしなやかなフォームで130km台の速球をバンバン投げていました」

 指導に対する理解力も高く、当時から5~6種類もの変化球を操ったという。実際、中3でエースに君臨したダルビッシュは、全羽曳野ボーイズを全国大会ベスト8、さらには世界大会3位に導いている。

「特にスライダーのキレはすごかった。他の投手は真ん中から外に逃げるボールしか投げられない。でも彼は、打者の体に当たりそうな軌道から、えぐるように曲げる球を投げられた。当然ながら相手は中学生以下ですから、打てる打者はなかなかいませんよ」(前出・田所氏)

 まさに白檀がその萌芽の瞬間から芳しい香を纏うように、ダルビッシュには恵まれた体格と投手としての天賦の才があった。ただ田所氏の記憶には、類稀な身体的特徴以上に忘れられない、ダルビッシュの「投手らしさ」が刻まれている。

「マウンド上でまったくと言っていいほど感情を表に出さないんですよ。その落ち着きたるや中学生とは思えなかった」

 ある試合でのことだ。先発したダルビッシュはいつも以上に調子が良く、最終回まで相手のヒットをゼロに抑える完璧な投球を見せた。しかし結果は0対1の敗北。味方のエラーによる失点だった。

「普通なら試合中にイライラしたり、仲間への怒りで自滅してもおかしくない展開ですよ。でもダルビッシュは無安打に抑え抜いた。そして試合後に『自分のせいだ』と言うんですよ。『バットに当てさせなければ勝てていた』とね。

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