馬場康夫 第4回「塩野七生が物書きとなったシマジへ贈った『忠告』」

撮影:立木義浩

第3回はこちらをご覧ください。

シマジ それにしても、おれはてっきり馬場ちゃんは同じ成蹊大学出身の小学館の相賀昌宏社長にじかあたりして、上手く丸め込んで「スピリッツ」に連載をはじめたんだと、今日、詳しく話を聞くまで思っていたよ。

馬場 相賀社長はたしかにわたしの先輩ですけれど、そのことは知ったのはかなりあとなんです。ただぼくは、相賀家とは深い縁があって、相賀社長の弟さんと同級生なんですよ。かれは子供のときから校内でいちばん絵が上手くて、いずれ絵描きかイラストレーターか漫画家になるんだろうなと思っていたくらいです。いまは展示会の仕事をされているそうです。

 それから2年先輩に相賀社長の妹さんがいらっしゃいました。妹さんは中学生のとき文芸部にいらっしゃたんですが、彼女の同級生に「肉体の門」の田村泰次郎のお嬢さんや「チャタレー夫人」を翻訳した伊藤整のお嬢さんがいたんです。しかも3人とも絶世の美人だったので、ぼくは迷うことなく文芸部に入りました。男はたった2人でした。当時、そこで「キューポラの街」なんて読んで読書会をやっていましたね。

シマジ 私立のお坊ちゃんお嬢さん学校はそういう利点があるんだなあ。

会うべきして会ったパートナー

馬場 相賀社長の弟さんは当時、ぼくの相棒の松田より絵が達者でしたね。

シマジ じゃあ松田さんではなく相賀さんの弟さんとコンビを組んでいたら、馬場ちゃんの運命も大きく変わっていただろうね。

馬場 どうですかね。やっぱり松田とは会うべくして会った宿命的友情があったんでしょう。ところで、シマジさん。ここの隠れ家ヤバクないですか。

シマジ どうして。