エルピーダメモリ株のインサイダー取引容疑で、経産省キャリアの木村雅昭元審議官が逮捕された。インサイダー取引とは、「内部者」が会社の「重要事実」を公表より前に知って会社の株式を売買すること。「重要事実」とは、会社決算など投資判断に著しい影響を及ぼすような内部情報、「内部者」とは重要事実を公表されるよりも前に知ることができる会社関係者等を指す。インサイダー取引は、これらの定義を厳格に定めたうえで、法律で規制されている。
この規制は比較的新しく、'88年の証券取引法改正によって導入された(現在の名称は金融商品取引法)。言うまでもないが、インサイダーが内部情報の公表以前に株式取引を行うことは、答えを見ながら試験を受けるカンニングのようなもので、こうした行為は金融商品市場の公正性と健全性を損なうことになる。
だが、インサイダー取引を規制しなければならないという考えは普遍的なものではなく、日本では'87年のタテホ化学工業株事件まで、株はいち早く情報を入手した事情通が儲けるものという風土だった。今回の事件で逮捕された木村元審議官は'81年に通産省(現経産省)に入省しており、入省後の7年間はインサイダー取引が違法でない状態だったわけだ。その間、通産省の先輩たちがインサイダー取引で儲けるのを目の当たりにしていたのかもしれない。
インサイダー取引規制の本家・米国でも長い間、インサイダー取引によって利益を得ることは企業の役員にとっては当然の報酬であり、規制は不要であるとの見解があった。もっとも、今回の経産省のケースのように監督官庁でのインサイダー取引は、米国でも論外である。
実は経産省ではインサイダー取引の噂はこれまでに何回もあった。表面化した最近のケースだけでも、'05年3月のチノン事件、同年6月のカネボウ事件がある。チノン事件では経産省元係長が在宅起訴され有罪判決が出ているし、カネボウ事件では経産省元室長が退職に追い込まれた。
カネボウ事件に関しては、経産省の裏金2400万円をインサイダー取引によって運用していたという信じられない話も報じられた。こうなると、経産省という組織そのものの問題になってくる。しかも経産省は、組織として事件もみ消しを行った。経産省と法務省との間で、当事者を一人退職させるから刑事事件にしないという手打ちが行われたようなのだ。これらの話は当時、霞が関では「常識」として語られていた。
今回の事件がきっかけになって経産省が全職員を対象に調査をしたところ、特許庁の職員2人が内規に違反して特許の審査などを担当した企業の株式を売買していたことも判明したという。それがインサイダー取引かどうかは不明だ。
OBでは'06年6月に「物言う株主」村上世彰氏が逮捕された。この事件には思わぬ余波もあった。福井俊彦日銀総裁(当時)の村上ファンド投資問題だ。福井氏は日銀の企業調査情報を知り得る立場であり、究極のインサイダー。しかも、量的緩和解除の直前に、村上ファンドへの投資解約を申し入れていた。しかしながら金利情報は、金融商品取引法上の「重要事実」ではなかったため、福井総裁は辞任せず、居座り続けた。
公の立場にいる者、企業政策に関わる者には、高い倫理観が求められる。まして国民に負担を強いるのであれば、一点の曇りもあってはならない。当然のことである。
「週刊現代」2012年2月4日号より
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