雑誌
おい、それでも早稲田か
いつから東大、慶応の
出来損ない集団に堕したのか

英語ができる? それがどうした!
大隈講堂を見つめる設立者・大隈重信の銅像。その後ろ姿は淋しげだ

 学内では女子学生が、留学生と英語で会話。授業は真面目に出席し、試験前にノートをコピーさせてもらうなんてこともない。就職実績も悪くないのだが、大隈先生、早稲田ってこんなとこでしたっけ。

泥臭さこそ、早稲田

 早稲田大学OB・OGが母校に厳しく、すぐ悪口を言うのは一種の「伝統」として指摘されるところだが、それにしても年末年始の学生スポーツを見て「何やってんだ、早稲田」と臍を噛んだ卒業生は少なくないだろう。後ほど紹介するが、今の早稲田を知れば知るほど、その思いは強まるに違いない。最初に言っておくが、もはや早稲田はかつての早稲田ではない。

 と、ある程度、OBたちには覚悟を持っていただいたうえで、スポーツから見ていこう。年末の12月25日に行われたラグビー全国大学選手権準々決勝では、格下と見られていた関東学院大に逆転負け。年明けの箱根駅伝でも、前年度の優勝から4位に転落した。斎藤佑樹(日本ハム)を筆頭に3投手が1位指名されて、一昨年のドラフトを賑わせた野球部も、昨秋の六大学野球秋季大会は2位に甘んじている(前年は優勝)。

 この早稲田の体たらくは、元選手や元監督たちにどう映ったか。

「選手たちは血の滲むような努力をしてきたでしょうから、批判めいたことは言いたくないのですが、やはり優勝した東洋大にくらべて勝つことへの執念や競技への集中度、それと長い距離の練習が足りなかったのではないか。早稲田は昨年、箱根で優勝した翌日、選手たちがテレビ番組に出演して『AKB48に会いたい』などと言っていましたが、東洋大のエース柏原竜二選手は、レース翌日のテレビで、AKBのメンバーを前に淡々と『自分はAKBには興味がありません』と答えている。勝って兜の緒を締め、泥臭く、わき目もふらず競技に集中するというのは、むしろかつての早稲田が目指していた姿」

 自身も学生時代に2度、箱根駅伝に出場したOBで、作家の黒木亮氏はこう語る。今年の箱根駅伝では、4位という成績と並び、4区を出走予定だった駅伝主将の三田裕介選手が「重圧に耐えられない」と前日に出場辞退した、と報じられたことも波紋を呼んだ。

「我々の時代は、選手は全員スポーツ刈りで、競技と大学の勉強以外に目がいく余裕はなかった。今の選手たちほどスマートではなかったが、泥臭いタフネスがあった。当時の競走部の中村清監督は競技や日常生活に妥協がなく、精神的にも鍛えられた。知り合いの他大学の監督からは『確かに最近の選手は速い。しかし、昔の早稲田の選手は強かった』と言われたことがあります。今の早稲田にはそういう『強さ』が必要なのではないか」(黒木氏)

 ラグビーでも駅伝と同じように、「早稲田らしさ」を求める声が上がる。語るのは'10年2月まで早大ラグビー部監督を務めた中竹竜二氏(現日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)だ。

「早稲田のような伝統校だから、昔のやり方を続けていれば勝てるかと言われれば、そうではありません。むしろ、常に変革していく力こそ早稲田ラグビーの伝統だと思います。もちろん、長い歴史があるだけに、変革しようと思えば、OBも含めた抵抗があるかもしれない。しかし、大学選手権はこれで3年連続で優勝を逃したわけで、どれだけ変われるかが、早稲田ラグビーに問われているのではないでしょうか」

 中竹氏の言う「変革する力」と並び、早稲田ラグビーでは、たとえ高校時代は無名でも、徹底的に鍛えて力を付けさせるという伝統もあった。しかし、外国人留学生や超高校級を早い段階からスカウトする他大学に負けないためには待っているだけでは無理。現チームの主将、副将はそれぞれ、'08年の全国高校ラグビー選手権で優勝した東福岡、準優勝した伏見工業でキャプテンを務めたラグビー・エリートだ。主将の山下昂大は大学側の要望で、書類と面接で入学したスポーツ推薦組。副将の井口剛志は書類と小論文試験による自己推薦組である。

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