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あんたはエライ!
南三陸町に高台移転用地を寄付した
楽天元副社長(本城慎之介氏39歳)

いったいどんな男なのか

 東日本大震災でもっとも大きな被害を受けた地域のひとつ、宮城・南三陸町の戸倉地区。

 震災から10ヵ月が経ったいまも、まるで空襲にあった後のような更地の状態のままで、今後再び津波に襲われる心配も去っていない。以前に住んでいた680世帯・約2400人の住民がここに戻って生活をするのはほぼ絶望的だ。

 町は、仮設住宅などにいる被災者の移転用地に悩んでいたが、このほど、一挙に106haもの土地を寄付する「救世主」が現れた。

「楽天創業メンバーの一人で、副社長も務めた本城慎之介氏(39歳)は、震災後、南三陸に入ってボランティアに従事するうち、町が移転用地の確保に悩んでいることを知ったんです。そこで昨年12月下旬に都内で佐藤仁町長と面談し、土地の寄付を申し出た」(全国紙地元支局記者)

 本城氏が寄付したのは、もともと移転に好適として、町が目をつけていた土地だった。海に面した戸倉地区から約1km内陸に入った山林地帯。標高は30mで、津波の心配は少ない。東京の投資会社が、ゴルフ場用地として保有していた。

 南三陸町がこの投資会社に買収交渉したところ、「言い値」は9300万円だった。取得時の費用が8000万円かかったうえ、手数料などを含めると、その金額以下では応じられないという。町は議会に諮ったが、カネがかかりすぎるとして否決。移転に「絶好の土地」を、みすみす指をくわえて見逃すほかない事態に陥っていた。

「本城氏が投資会社と交渉し、個人でこの土地を取得して、そのまま町に寄付しました。本城氏がいくらで取得したのかは明かされていませんが、『言い値』の9300万円とそれほどかけ離れてはいないはずです」(前出・支局記者)

 今後、南三陸町はこの土地を造成し、被災者に安価で分譲するか、無償で貸すなどの処分案を検討する。

 このなんとも太っ腹な美談の主となった本城氏は、北海道・音別町の出身。函館ラ・サール高校から慶応大学総合政策学部、さらに大学院へ進学した。

 転機は'96年に訪れる。卒業を前に就職活動をしているとき、楽天創業直前の三木谷浩史氏(現会長兼社長)に出会ったのだ。

「就職活動中、会社訪問で訪れた興銀で、『OBに面白い人物がいる。会ってみたら』と勧められたのがきっかけ。初対面が4月17日で、翌日の18日からは三木谷氏の事務所に入り浸りになったという。そのくらい、三木谷氏の言葉に心酔した。

 本城氏を含め数人でどんなビジネスを手がけるか相談し、選択したのがネット上のショッピングモールだったんです。本城氏は三木谷氏の指示で、システム構築を手がけました。しかし、それまでにまったく経験がなく、初歩的な入門書から読み始めて、連日事務所で徹夜しながらシステムづくりのイロハを学んだそうです」(本城氏にインタビューした経済誌記者)

 三木谷氏とともに立ち上げた「楽天市場」のその後の大躍進は言うまでもない。楽天は3460億円の売上高('10年度)を誇るネット企業に成長、本城氏も副社長に上り詰めた。わずか27歳だった。

知られたくなかった

 ところが本城氏は'05年、突如退社してしまう。

「『楽天は後輩も従業員も育ったし、あとは大丈夫だろう。僕にはやりたいことがあるから』と楽天を円満退社したんです。

 とくに三木谷氏と揉めたとか、トラブルがあったということは聞いていません。退社後にも、楽天本社でインタビューを受けていたくらいですからね。強いていえば、会社が大きくなるにつれ旧興銀の人材が次々入社し、違和感を持ったということはあるかもしれない。本城氏からすれば少し上の世代ですし、年齢的なギャップもあったかもしれませんね」(全国紙経済部記者)

 本城氏は楽天退社後、以前から関心を持っていた教育の分野へと向かう。

 生徒や保護者、地域住民がチームとなった教育環境をつくっていきたいと、'05年4月、横浜市立東山田中学校の校長公募に手を挙げ、32歳という若さで就任する。'07年に校長を退職した後も、一般向けの公開講座を開くNPO法人「シブヤ大学」の講師を務めたり、若者を育成するためのセミナー「仕事の学校」を開講。また、軽井沢の民営保育園の運営を手伝っているという。同じく楽天の創業メンバーのひとりで、常務執行役員を務める小林正忠氏が明かす。

「学生時代から常識や過去にとらわれずに、自分のやるべきことを淡々とやる人でした。ボランティアには前から興味を持っていて、『楽天市場』をつくるときも、日本をどうやったら明るくできるのかだけを考えていた。

 楽天副社長になっても、一切派手な生活をするわけではありませんでしたし、一度しかない人生をどうやって生きるかを常に考えていました」

 現在は軽井沢の木造かわらぶきの2階建て住宅に住み、子ども4人を育てる。氏のブログの画像と文章からは、子どもたちや保育園での活動を心から愛する姿が浮かび上がってくる。

 その一方で、本城氏は楽天の創業メンバーのひとりとして巨額の上場益を手にした、超の付く資産家だ。

 '08年時点で、楽天株の1・48%を保有し、時価総額は111億円に上っていた。その後本城氏は楽天株を手放したようだが、よくあるバブル紳士のように豪壮な住宅や高級車などに費消した形跡は微塵もない。

 本城氏の父・洋氏が、控えめに本誌に語った。

「本人は今回匿名で寄付したつもりが、地元紙の取材で名前が出てしまい、困惑しているようです。どこか気恥ずかしいし、美談のように取り扱われることが本意ではないんでしょう。楽天も辞めて名前を売るメリットは何もないわけですから、普通の人々が黙って寄付するのと同じ気持ちでやったことです。そっとしておいてあげてください。

 南三陸に何回かボランティアに行ったことは知っていました。倅は至って普通の子なんですが、楽天の立ち上げだったり、中学校の校長になったりと、時々、噦ドカン器と変わったことをやるんです。

 子どもの頃から感受性の強い子で、変わった奴というか、私らの頭のスケールとはちょっと違った、いわば、親より大きく育ったな、という感じです。阪神・淡路大震災のときも真っ先にボランティアに出かけて行きましたし、北海道の片田舎で育ったわけですから、今回は南三陸の人々の暮らしぶりに共鳴したのかもしれませんね」

 洋氏が言うように、今回の寄付は匿名で行われたが、土地の謄本などから本城氏の名前が判明した。ボランティア活動などを通じて面識のあった河北新報の取材には、

「多くの知り合いができた南三陸町は特別な場所。一日も早く日常を取り戻してもらいたい」

 とコメントしたが、これ以上の取材に応じるつもりはいっさいないという。

「週刊現代」2012年1月28日号より

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