T-モバイル買収に揺れた昨年の米携帯業界
時代が急変する時、見えるトップの経営手腕
そして今年は日本にも・・・

T-モバイル買収を阻止したスプリント・ネクステルのダン・ヘス経営最高責任者 (2010年CTIAにて筆者撮影)

 2011年の米国通信業界を振り返るとき、経営トップの手腕がこれほど明暗を分けた年も少ないだろう。AT&Tのランドル・ステファンソン(Randall Stephenson)氏は、前任のエド・ウィッテカー氏から最高経営責任者(CEO)を引き継いで4年目。手堅い経営につとめてきた同氏が、初めてT-モバイル買収という大勝負に挑んだ。しかし、9ヵ月に渡る政府機関との厳しい駆け引きを経て、買収の撤回宣言にいたった。その失敗の影には、業界の古老"ダン・ヘス"CEOの姿が見える。今回は、経営トップの視線から米携帯通信業界の1年を見直してみたい。

買収の甘い誘惑に乗ったAT&T

 2011年3月20日、米国のメディアには「携帯電話業界のトップAT&TによるT-モバイル買収(390億ドル、約3兆円)」のニュースが飛び交った。

 その週、フロリダ州オーランドでは米携帯電話業界の祭典「CTIA 2011」が開催されていた。同会議は、携帯トップが顔をそろえるキーノート・パネル(基調座談会)が恒例だが、このニュースを受けT-モバイルの代表は急遽欠席した。

 22日朝、同パネルには、AT&Tモビリティーのラルフ・デ・ラ・ベガ氏、ベライゾン・ワイヤレスのダン・ミード氏、スプリント・ネクステルのダン・ヘス氏という3人のCEOが顔をそろえた。その席上、ダン・ヘス氏は「健全な競争環境を阻害する」と厳しい調子で同買収反対の気炎を上げた。こうしてAT&Tとスプリントの9ヵ月に渡るトップ対決が始まった。

 そもそも、AT&TのステファンソンCEOは、なぜT-モバイル買収という大博打を打ったのだろうか。それを理解するためには、当時の状況を少し説明する必要がある。

 ベライゾン・ワイヤレスは2010年12月にLTEサービスを開始、サービス地域の拡大に取り組んでいた。同社は、それまで光ファイバーを使った固定ブロードバンドの整備に多額の投資をおこなってきたが、昨年「整備終了宣言」をおこない、全社を挙げて次世代モバイル網の整備に注力している。

 一方、連邦通信委員会(FCC、日本の総務省にあたる)が狙っていたモバイル用の追加周波数確保と、その無線免許競売は、地上波テレビ業界の猛反対に直面し頓挫した。そのため、AT&TもT-モバイルも当面はLTE用の周波数が確保できない状況に陥った。

 米証券業界は、次世代モバイル競争でベライゾンの独走を予想する一方、加入者でトップを行くAT&Tモビリティーの戦略に注目していた。AT&Tグループの総帥であるステファンソンCEOには「株価の維持」という厳しい重圧が掛かった。

 一方、スマートフォン競争に出遅れたT-モバイルは、10年末から加入者の減少という最悪の状態に陥り、親会社ドイツテレコムは水面下で身売り先を探していた。これは私の推測だが、T-モバイルはトップ3社すべてに打診をしたと予想される。ただ、CDMA陣営のベライゾンは、GSM陣営のT-モバイルを買うことに無理がある。

 同様にスプリントも無理があるのだが、ある程度は交渉したと推測できる。というのは、ダン・ヘスCEOが年末、T-モバイルの買収を臭わせる発言をおこなっているからだ。この点は後ほど、詳しく説明する。

 いずれにせよ、伝送方式が同じであり、周波数不足に悩むAT&Tにとって「T-モバイル買収」は甘い誘惑だった。AT&Tにとって、これは千載一遇のチャンスに見えたに相違ない。

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