田原総一朗×長谷川幸洋後編「言論の自由は戦って勝ち取るもの。自分の回りと喧嘩したほうがいい」

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現場の記者が政治家の顔も見ていない

田原: ある新聞のトップが言ってたんですが、とにかく記者会見でどの記者も会見している政治家の顔も見ていない、と。どういう表情かも見ていないで、ひたすらキーボードを打っている。まるでパソコンのアシスタントだ、というんです。

長谷川: それはどうしてそうなってしまったのか、僕も疑問に思って聞いてみたんです。どの社もデスクなりキャップなりが現場の記者たちに報告を要求するんですね。それをたくさん送ってくる記者ほど、おまえは可愛い奴だ、というふうに評価する仕組みになっているんですよ。それで、僕らの時代は記者一人ひとりが記事を書いたものだけれど、どうもこの頃はキャップがまとめて書いているらしいんですね。

田原: これもある新聞のトップが言っていたんだけど、「記者会見の要点は何だ」と聞くと、現場にいる記者は誰も答えられないというんですね。だからデスクが書いちゃうんですよ。

長谷川: 記者が現場から送ってくるテキストを、テキストを取るから「取りテキ」というらしいんです。その取りテキを200行も300行も書く記者ほど使える立派な奴だと評価されるというんですが、どうかしていますよ、そんなのは(笑)。

田原: こんなのは新聞記者じゃない。だったらそういう技術者を雇えばいい(笑)。なんでだろう、いつからそうなったんですかね?

長谷川: 僕もいつからそうなったかはわからないんですが、ここ10年くらいで急に目立つようになりましたね。新聞記者が通信社の記者になってしまった。あんな仕事は通信社ですよ、ハッキリ言って。

田原: アメリカでは新聞記者と通信社の仕事は明らかに違っていて、何がどう起きたかという事実関係は通信社の領分で、その解説をしてどう見るかということを提示するのが新聞記者の仕事なんですよ。

長谷川: そこでどう見るかを提示するのが新聞記者の仕事なのに、どう見るかということには見方がまちがっている場合があってリスクがあるから、みんなが安全にいきたいので、相手が言ったことだけを書くようになった、と。

 それと、さっきのオフレコのことでちょっと話し忘れたことがあって、アメリカの話が出ましたけど、アメリカはすごくルールがハッキリしています。記者が何人もいる場合、これはオフザレコードです、でも私の話を入れるときはガバメントオフィシャルズということにしてください、と。位が高い場合は、ハイランキング・ガバメントオフィシャルズでやってください、とか、ダイレクトコート、鉤括弧で括るのはダメですよ、とか。

 それに、事前に広報官が今日のブリーフはこういう人です、とまず全部決めるんですよ。ところが日本の場合は最初に冒頭で「今日はこういうことです」というルールをハッキリ決めて会見や懇談するということがないんですね。だから何となくオフレコ、みたいな話になるんです。

田原: 僕は自民党も琉球新報の件について、民主党の幹部の何人かに聞いたんです。そうすると、みんな「あいつはバカだ」というんです。今時「オフレコ懇談」を真に受けてオフレコの話をするバカはいない、そんなもの、書くに決まっているんだから、と。だから、民主党や自民党の幹部も、オフレコ懇談でも絶対にオフレコの話はしないんだそうです。「それをあの男はバカで、本当のオフレコの話をしちゃった」と。

長谷川: それはしないですよ。本当のオフレコって、一対一の話じゃないですか。ここだけの話だよ、ということで、それならしょっちゅうあると思いますけれど。僕が思うのは、本当のオフレコ懇談て知らない記者が九割くらいじゃないかということで、政治部の記者なんてひょっとしたら95%くらいじゃないのかな、と。だって、僕の見た感じでは、一対一のサシで「本当の話は何なんですか?」ということを取材できる記者なんてほとんどいない。

田原: たとえば僕は、日本の防衛大臣によく聞くんだけど、「なんで米軍基地の74%は沖縄にあるんですか。それをどう沖縄に説明するんですか」と言うと、誰一人答えられない。そういうことを聞く人がいないんですよ。

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