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金正日総書記が死んだ!北朝鮮クーデター前夜
執務室の金総書記。若き日の金総書記が〝神業〟の如き働きで問題を解決した逸話が、北の書物には溢れている

 伏せられていた独裁者死亡の大ニュース。発表と同時にサイレンが一斉に鳴り響き、4mごとに軍人が歩哨に立った。餓死寸前の人民は、そして軍はいつ蜂起する

 韓国のインターネット新聞『デイリーNK』の関係者によれば、北朝鮮の国内で動員された複数の軍人が、民間人に対して奇妙な行動を取り始めたのは、12月19日午前9時頃のことだったという。

「咸鏡北道茂山の消息筋は、突然、現れた軍人たちが市場周辺の路地に出ている『バッタ(屋台のない路面商)』を、残らず追い出したと伝えてきました。北朝鮮当局が、市場を閉鎖したのです。わけも分からず眺めていた住民の中には、軍に売り物の荷物を取り上げられた者もいたようです」(デイリーNK関係者)

 金正日総書記(69)の死を、北朝鮮の国営放送『朝鮮中央テレビ』が伝えたのは、それから間もないこの日の正午のことだった。喪服姿で涙ながらに訃報を読み上げたのは、50日以上、画面から姿を消して話題になっていた看板女子アナのリ・チュンヒ氏(68)だった。北朝鮮側の発表によれば、金総書記はその2日前、17日午前8時半に列車の中で亡くなり、死因は重症急性心筋梗塞とされる。

北朝鮮の異変より街頭演説が大事な首相

 デイリーNKの関係者によれば、公式に死去が報道されたのと時を同じくして、サイレンが長く数回、各地で響き渡ったという。北朝鮮の首都・平壌で暮らす在日コリアンに電話取材したところ、金日成国家主席の巨大な銅像が右手を挙げて天を仰ぐ万寿台の丘に長蛇の列ができたのは、午後3時過ぎからだった。

「市民の仕事の終わる夕方5時以降は、さらに列が増え、人々は地面を叩きながら慟哭していました。平壌市内の商店はほとんど閉めたようですが、ホテル内の商店は開いています。おそらく外国人がいるからでしょう」

 北朝鮮を建国した金日成主席の長男として“独裁国家"を世襲した金総書記。彼の死を伝えた国営放送は、金総書記の三男・正恩氏(28、朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長、朝鮮人民軍大将)が「主体革命偉業の偉大な継承者であり、わが党と軍隊と人民の卓越した領導者」だと金王朝を存続させることを北の国民に向けて強調した。拉致被害者・蓮池薫氏の兄の透氏は、不安と怒りを口にした。

「実質的な拉致事件の首謀者である金正日に責任追及したかったのですが、それが永久にできなくなってしまった。非常に悔しい気持ちです」

 実は、独裁者の死が報じられる2時間前、朝鮮中央テレビをはじめ北のメディアは「正午から特別放送が流される」と“前打ち"していた。日本のメディアは、旧共産圏の放送を中心に配信する通信社『ラヂオプレス』を介し、それを知った。

「朝鮮中央テレビが特別放送を予告した際、アナウンサーの表情が悲しげだった上、バックの音楽が『将軍様』を称える趣旨の曲調だったと聞いた。要人の訃報はあり得るとの見方が有力だった」

 そう、全国紙外報部デスクは語る。

 この日の午前中、野田佳彦首相(54)は、昼に行われる街頭演説の草稿に手を入れるのに心血を注いでいた。午前10時半に、内閣危機管理の担当官から、「本日午前12時に、北朝鮮で特別放送がある」との一報を受けても、首相も周囲の秘書官も「ほう!」と言っただけで、街頭演説の準備の手を休めることはなかった。

 野田首相の緊張感のなさについて、危機管理の担当者に非はない。首相官邸に近い民主党議員によれば、スタッフは「北朝鮮でも『特別放送』は稀で、'94年に金日成の死を発表したのも『特別放送』だった」と報告しているといい、近年の金総書記の体調不安をあわせて考慮しなかったのは、外交能力の欠如だと言える。

 原稿が完成し、首相たちはJR新橋駅に向け、官邸を出発した。「特別放送」が流れる5分前のことだ。だが、午後0時6分、内幸町交差点(千代田区)に差し掛かった首相の公用車は突如、Uターンした。そこで初めて金総書記が亡くなったことを知ったのだった。

前日の12月18日、韓国の李明博大統領(70)は京都で野田首相と首脳会談に臨み、国内世論を意識してか、従軍慰安婦問題の解決を改めて迫る戦略に出ていた。その態度から、北の異変に心を砕いているようには見えなかった。だが、安全保障を専門とする桜美林大学客員教授・洪熒氏の見立てはこうだ。

「韓国は、金正日の健康状態を把握していたはず。というのも、'11年の夏、ソウルで政府関係者に会った際、『金正日の外遊のフィルムを分析したら、一人でまともに歩ける状態ではない。言葉を喋るのも難しかった』と話していましたから」

 韓国の有力紙『中央日報』政治部次長で、著書『後継者 金正恩』(講談社)を上梓した李永鐘氏も、米韓の情報収集能力について、こう裏付けた。

「米韓の情報当局は、金日成が亡くなった時、死地である妙香山の別荘でヘリコプターが移動したことを把握していた。金正日の専用車両も米国の衛星で監視されている以上、彼らがまったく異変に気付かなかったとは思えないのだが」

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