総合誌が軒並み不振の時代に高級誌「ニューヨーカー」はなぜ100万部の部数を誇れるのか

2012年01月08日(日) 茂木 崇
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 そして、最終的な判断を下すのは自分だが、「ニューヨーカー」を一人の人間の個性の反映と考えるのは傲慢で、この雑誌は書き手の雑誌だと強調する。イギリスの「エコノミスト」とは反対に「ニューヨーカー」は様々な「声」の集合体で、古臭い書き方をした新聞記事のような記事は一つもないと胸をはる。

 レムニックは自分よりも有能なスタッフを採用するよう心がけ、フロアをすみずみまで回ってスタッフと雑談し、仕事の進行状況とスタッフの心理状態を把握する。スタッフの話をよく聞きその判断を尊重する編集長で、独裁者タイプではない。

 「ニューヨーカー」の誌面の基本的な構成は下記の通りである:
・Goings On About Town-ニューヨークのアート・エンタテインメント情報
・The Talk of the Town-エッセイ
・毎号平均5本の長文記事
・The Critics-アート・エンタテインメント批評

 レムニックは誌面に細かく手を加え、批評家の陣容を強化し、予算をより有効に配分するよう努力してきた。こうした地道な改良により少しずつ読者を増やしてきた。

クオリティーを支える「ファクトチェッカー」の存在

2011年10月17日号

 「ニューヨーカー」は「タイム」や「ニューズウィーク」のような1週間の主要なニュースをおさらいするニュース週刊誌ではない。読者が「ニューヨーカー」に求めるのは、文化的・思想的な深みをもったノンフィクションであり、人生の断面を鮮やかに切り取った短編小説であり、くすっと笑みがこぼれるウイットであり、美しいアートである。この編集方針を堅持しながら、いかに今の時代を映し出した記事を送り出していくかがレムニックの腕の見せ所である。

 とはいえ、レムニックは調査を行ったり、若い人にこびたりすることはない。あくまで自らの直感を信じ、様々な切り口の記事を取り揃えて誌面を構成していく。1本の記事は10ページ前後であることが多いが、さらに長い記事を掲げることもある。日本の地震と原発に関する記事(2011年10月17日号)は16ページに及んでいる。誌面は文字でぎっしり埋まっているが、カートゥーンやイラスト、写真で誌面に絶妙なアクセントを加えている。

 「ニューヨーカー」のクオリティを支えているのが、ファクトチェッカーの存在である。常時、15-20人程度のファクトチェッカーを抱えている。同誌では執筆者が記事を書き上げたら、ファクトチェッカーが取材に応じてくれた人にその発言内容について確認を取る。情報源を秘匿するために誌面では匿名となっている発言でも、レムニックと執筆者とファクトチェッカーは匿名ソースが誰であるかを把握している。

 非常に手間とコストのかかる作業であり、アメリカのジャーナリズムで廃れつつある美風である。レムニックは、この作業をもってしても誤りをゼロにできるとは断言できないものの、明晰さと正確さは「ニューヨーカー」のアイデンティティであり、そのためにはこの作業は欠かせないとする。

 記事の執筆者だが、目次の次のページに来る執筆者プロフィール紹介欄を見ていて分かりにくいのが、スタッフライターという肩書きである。誌面にめったに登場しない執筆者もスタッフライターという名称になっている。この事情をレムニック聞くと、スタッフライターとは同誌とつながりのある人という位置づけで契約形態は様々である。サラリーを支払っている執筆者もあれば記事1本ごとの支払いの人もある。年に1本だけ執筆するスタッフライターもある。

 ただし、レムニックが「ニューヨーカー」に加えた大きな変化もある。それは、大統領選挙の際に支持候補を表明するようになったことである。The Talk of the Townのコメント欄で、2004年と2008年のいずれ選挙でも民主党候補を支持した。

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