2012.02.07(Tue) 本郷 明美

「日本人は何を食べてきたか」第8回 南方熊楠
アンパンが常備食だった愛すべき科学者

筆者プロフィール&コラム概要

時を経て愛される科学者・熊楠

 死後長い時を経て、こんなにも大事に語られる科学者は他にいないのではないだろうか。南方熊楠。「くまぐす」と発音するとき、ちょっとうれしそうな、大事そうな表情のする人のなんと多いことか。ええっ、勝手ながらその「選手代表!」を、今は亡き昭和天皇に認定させていただきます。

 「雨にけふる神島を見て 
紀の国の生みし
南方熊楠を思ふ」

 熊楠の死後約20年経った昭和37年、南紀白浜を訪れた昭和天皇が詠んだ歌である。熊楠のことを詠うときの昭和天皇はやっぱり微笑んでいた、と思う。

 生前の熊楠は昭和天皇にご進講しており、自分の採取した「粘菌」を差し上げている。昭和天皇は、同じ科学者として、名誉も地位も気にせずひたすら研究し続ける熊楠に敬意を持っていたのだろう。

 その研究の評価は専門の方にまかせするとして、なんとも熱く、自由すぎる熊楠の人生! 私も敬意と愛を感じます。

 熊楠が天皇に差し上げた、その粘菌を入れた箱。同じものの写真が残っている。そこには「森永キャラメル」とある、たしかにそう書いてある。なんと熊楠さん、粘菌をキャラメルの箱に入れたんですね。天皇は一向に気にしなかったらしいが、側近は一瞬「ギョッ」としたらしい。ただし、熊楠さんだってちゃんと考えてる。桐の箱も用意したのだが蓋が開きにくく、自分が愛用しているキャラメルの箱にあえて替えたらしい。娘さんによれば、小さい箱ではなく問屋用の大きなもの。

 「父はよく粘菌入れとして愛用していましたが、もちろんこの日使ったのは新しく買ったものですよ」(『南方熊楠』河出書房新社)

 熊楠はこの日を楽しみにし、ずいぶん前から「どの粘菌を差し上げようか」と選んでいたという。

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