金正日死後の北朝鮮に対する中国の帝国主義的思惑

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 金正日死後の北朝鮮情勢に関して、ロシアは冷静な目で分析を行っている。現時点で、北朝鮮指導部において、深刻な権力闘争は、発展しておらず、近未来に内乱のような混乱が発生することはないという見方をロシアの北朝鮮専門家の共通見解だ。また、金正恩氏への権力委譲が中途半端な状態で金正日氏が死去したため、当面は集団指導体制が敷かれるという見方をする専門家が多い。

さらに興味深いのは、中国がこの機会に北朝鮮への影響力を拡大しようとしていることに対する警戒心をロシアが露骨に示していることである。特に国営ラジオ「ロシアの声(VOR)」(旧モスクワ放送)を通じて、ロシア政府の見解をさりげなく世界に伝えている。例えば、12月20日の「中国は北朝鮮での混乱を許さない」という論評が興味深い。

 この論評では、金正日氏の死去が明らかになった後、中国指導部が北朝鮮の安定に細心の注意を払っていることに着目し、こう述べる。

<中国のフ・チンタオ(引用者註*胡錦涛)国家主席は20日、北京の朝鮮民主主義人民共和国大使館を訪れ、金正日氏の逝去に対して哀悼の気持ちを表明した。金正日氏が69歳の生涯を閉じたとの情報が明らかになって以来、中国はスムーズな権力移行に向けたプロセスを支援することを発表している。

 19日、中国共産党中央委員会は北朝鮮に対して弔電を送っている。20日、中国外務省は、新しい指導者金正恩氏の下で、北朝鮮政府が朝鮮半島の平和達成に向けた必要な措置をとることへの確信を示した。

 中国は朝鮮半島における情勢が混乱に陥らないよう、非常に神経を使っている。特に最近行われた中国と北朝鮮の間のハイレベル会談はすべて、朝鮮半島情勢を混乱に陥れないようにすることを主眼に置いたものだった。

 北朝鮮体制の崩壊は、中国国境地帯の人道危機や難民の大量流入につながるため、中国は情勢の不安定化を警戒している。一方で、現在北朝鮮が置かれている貧困状況をそのままにしておくことも望ましいものではない、というシグナルを送っている。今年5月に行われた金正日氏の中国訪問の際にも、情勢の安定を確保するためには、さらなる引き締めではなく、経済の自由化を行わなくてはならない、というメッセージが出されている。>(http://japanese.ruvr.ru/2012/12/20/62564756.html)

 中国は北朝鮮からの難民の発生を警戒している。そのために、経済支援を行う。しかし、この経済支援は、単なる人道的観点から行われるものではない。金正恩氏を冠とする集団指導体制をとる北朝鮮で形成される新たなエリートを中国に引き寄せる目的があるとロシアは見ている。前出の論評は、こう続ける。

<金正日氏の逝去後に出された「チャイナ・デイリー」のなかでは、北朝鮮が新しい指導部のもとで、経済発展を続けていくことへの期待が示されている。

 中国は金正恩氏の経験が不足していることには、それほど心配していないようだ。というのも、当面の間、北朝鮮ではエリートの支援のもと、集団的統治が行われると見られているからだ。しかも、権力の移譲プロセスはすでに金正日氏の生前から始められていることから、そのプロセスがスムーズに行われるということへの一定の確信を持つことができる。

 それよりも中国は経済的な混乱を危惧している。それゆえ、中国が今後経済支援を強化していくという見方が強まっている。

 経済高等学院のアレクセイ・マースロフ教授は次のように話している。

 「北朝鮮の新しい指導者である金正恩氏は、何度も中国を訪問しています。中国にとって親中派の指導者を獲得するチャンスがあるのです。金正日氏は、誰にも約束を与えず、すべての側から金融支援を受け取っていました。中国は、北朝鮮エリートを自らの側に引き込もうとするでしょう。これは経済の近代化や教育の近代化、科学技術の近代化などに関わるものです。中国は朝鮮半島での活動を活発化させると共に、世界に自らの能力を見せ付けようとするでしょう。」>(同上)

 北朝鮮において、経済の自由化、すなわち市場原理の導入が必要となるという見方は正しい。北朝鮮は、指令計画経済を取っている。この経済体制は、強力なイデオロギーによる公共意識がないと存続しない。金正恩氏は、父の金正日氏や祖父の金日成氏のような宗教的カリスマ性は持たない。もちろん北朝鮮は、あらたな金正恩神話を形成しようとするであろうが、そのためにはあまりに準備期間が不足していた。

 北朝鮮社会が弛緩するのは時間の問題だ。そうなると、工場や商店から、商品、原料、燃料などの横流しや着服が起き、生産に深刻な支障が生じる。ここで、社会的混乱が起きる。そこで最も懸念されるのは、核兵器や弾頭ミサイルの研究開発や製造に従事する研究者や技師が北朝鮮から出国し、一部中東諸国に大量破壊兵器技術が拡散することだ。中国は、「大量破壊兵器技術の不拡散に協力する」という大義名分を立てて、北朝鮮における影響力を拡大するとロシアは見ている。

12月19日の「ロシアの声」は、ロシア科学アカデミー極東研究所のリャザーニン副所長の以下の見解を紹介する。極東研究所は、大統領安全保障会議に報告や提言を行う政策に影響を与えるシンクタンクだ。

<VOR記者は、ロシア科学アカデミー極東研究所のセルゲイ・リャザーニン副所長に、金正日氏死去後の北朝鮮について意見を聞いた。

「『中間的』な指導部が形成されるだろう。このシナリオは、後継者がまだ若年で経験がない事から、国内に事実上の集団指導体制が作られるという事だ。現実的な権力は、軍部エリートの一部のグループに属すだろう。決定を下す中心は、国防委員会となるが、指導者は入れ替わるだろう。北朝鮮において軍の役割は、疑いなく強まる。」

 金正恩氏がどれくらい早く権力機関を結束させ掌握できるか、今論じるのは難しい。それは、対外的要因も含めた、多くの事に左右される。金正日氏の晩年接触した中国指導部の代表達は、はっきりと、北朝鮮国内での経済改革実施の必要性を示唆してきた。

 ここで再びリャザーニン副所長の見解を御紹介したい。

 「北朝鮮エリートの刷新と共に、中国式の改革実施の可能性が高まる。中国モデルは、深刻な政治的変化を要求せず、『北朝鮮独自の社会主義』の精神の中でチュチェ思想を今後変容させる必要もない。そうなれば何倍も増加すると見られる中国からの援助により、北朝鮮は、政治的な忠誠と中国の対外路線へのより厳しい追随と引き換えに、経済問題の一部を解決できるだろう。しかし時がたつにつれて中国政府は、北朝鮮に対して、『中国の核の傘』に入る代わりに核プログラム放棄を求める可能性がある。そうしたバリエーションを受け入れれば、北朝鮮は法律上で自分達の体制を守り、国が破産に最終的かつ後戻りのできない形で陥るのを事実上避ける事ができる。」>(http://japanese.ruvr.ru/2012/12/19/62482867.html)

 リャザーニンは、中国が北朝鮮に対して経済支援を行う戦略的意図について、<中国政府は、北朝鮮に対して、『中国の核の傘』に入る代わりに核プログラム放棄を求める可能性がある。>と見ている。

 金正日死後の北朝鮮の混乱を阻止し、核開発を金正恩指導部に断念させるというロシア、米国、日本などと共通の目的を追求するという大義名分を掲げながら、中国は「核の傘」を北朝鮮に伸ばし、帝国主義的勢力拡大を目論んでいるとロシアは見ているのである。ロシアも帝国主義的視座で金正日死後の北朝鮮情勢を眺めているので、中国の思惑が手に取るようにわかるのだ。

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著者:佐藤優
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