『ウルトラ』シリーズ、『傷だらけの天使』『太陽にほえろ!』『黄金の日日』『山河燃ゆ』・・・ 追悼市川森一さん「定説を破り続けた」ホン書き人生

2011年12月30日(金) FRIDAY
upperline
常宿にしていた長崎・壱岐島の温泉旅館で美保子夫人(63、前列中央)や友人たちと

 いまだファンの間で語り継がれる感動のメッセージを置き土産に、市川さんは『ウルトラ』シリーズを離れる。

 その後は大人向け作品に活躍の場を移し、『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)、『傷だらけの天使』(同)などの人気ドラマの脚本を担当。'70年代のテレビ界の潮流であったホームドラマ路線に背を向けて、人間の"俗"の部分を表現する脚本家として名を馳せた。その名声を一層高めたのはNHK大河ドラマへの抜擢だったが、そこでも市川さんは、持ち前の"定説破り"を貫いた。'78年の『黄金の日日』では武将ではなく豪商の呂る宋助左衛門を主人公に据え、'84年の『山河燃ゆ』では大河ドラマでは初めて昭和を舞台として太平洋戦争下の悲劇を描く。いずれも従来の"売れるセオリー"を外しながらも、ヒット作へと昇華させたのだ。

「定説を覆すのが後進の(表現者の)務めです」が口癖だった市川さん。晩年は日本放送作家協会の会長に就任し、シナリオの保存や管理に尽力。また、「脚本家という仕事を紹介したい」という思いで、ワイドショーのコメンテーターとしてテレビ出演も精力的にこなしていた。

*

鎮西学院の中庭に移植された梅の木。市川さんの魂が、今もなお母校に宿り続けている

 母校であり理事を務めていた鎮西学院の中庭には樹齢100年になる一本の梅の木が植えられている。前出の森学長がしみじみと語る。

「亡くなる2週間前に電話で告げられたんです。『自宅の庭に立派な梅の木があるから、それを学校に移してほしい』と。市川さんの遺言でした」

 稀代の名脚本家は、郷土に還った今、後進の表現者たちを見守り続けている。

「フライデー」2011年12月30日号より

前へ 1 2 3

このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS
関連記事

最新号のご紹介

underline
アクセスランキング
1時間
24時間
トレンドウォッチ