牧野洋の「ジャーナリズムは死んだか」
2011年12月22日(木) 牧野 洋

「評論家」よりも「記者」、権力監視型報道は民主主義に不可欠、「ピュリツァーの大学」のレマン学長インタビュー(前半)

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 来春、ジャーナリズム教育の最高峰として知られるコロンビア大学ジャーナリズムスクール(Jスクール)が「100年祭」を迎える。新聞王ジョセフ・ピュリツァーがJスクールの寄付によってJスクールが誕生した1912年からちょうと100年たつからだ。

 12月8日付の当コラムでも紹介したように、100年祭を念頭に置いてJスクールはニューヨーク・ワールド紙を復刊した。同紙は、ピュリツァーが1883年に買収した「ピュリツァーの新聞」だ。

 ワールド紙復刊の狙いは、地域に根差した「アカウンタビリティージャーナリズム」の強化である。市民の立場から権力を監視し、権力に対して「説明責任」を負わせる報道の一端を担おうというのだ。

コロンビア大学Jスクールのニコラス・レマン学長.

 およそ100年前、ピュリツァーはいわゆる「イエロージャーナリズム」からの脱却を目指してJスクールを創設し、ピュリツァー賞を始めた。以来、アメリカのジャーナリズムはJスクールとピュリツァー賞を車の両輪として進化してきた。2000年代には調査報道専門の民間非営利団体(NPO)「プロパブリカ」がデジタルメディアの新境地を切り開いている。

 イラク戦争をめぐる報道をはじめ紆余曲折があるとはいえ、大まかにはアカウンタビリティージャーナリズム強化の方向で進化してきたといえよう。

 アカウンタビリティージャーナリズムは、調査報道と同義で使われることも多い。東日本大震災では、日本の大手メディアは政府や東京電力の発表をそのままたれ流す「発表報道」に終始し、批判された。Jスクール誕生から100年後の現在、日本にこそアカウンタビリティージャーナリズムが求められているのかもしれない。

 Jスクールの現学長はニコラス・レマン。ワシントン・ポスト紙のほか高級誌「ニューヨーカー」などで記者経験を積んだベテランジャーナリストでもある。2003年に学長に就任。ニューヨーク・マンハッタン地区にあるJスクールの校舎内で、100年の歴史も踏まえて民主主義とジャーナリズムの関係などについて語ってもらった。<>で示したカッコ内は私の補足説明。

 ---調査報道NPOのプロパブリカがデジタルメディアとしてピュリツァー賞を初受賞し、注目を集めました。学長の立場で何年か前にニューヨーカー誌に寄稿した記事を読むと、デジタルメディアについてはやや悲観的な立場であった印象を受けます。

レマン 印刷メディアかデジタルメディアかという議論では本筋を外れてしまいます。プロパブリカはデジタルメディアだから受賞したのではありません。職業人として優れたジャーナリストを人材として抱えているから受賞したのです。

 マスコミ不況のさなかにありながら、プロパブリカは資金的には信じられないほど恵まれ、アメリカ全国でもトップクラスの調査報道記者をそろえています。その意味では、資金力があり、ピュリツァー賞受賞記者をそろえた伝統的報道機関と同じです。良い結果を出せて当たり前です。

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