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消えたプロ野球選手「あれからの人生」 輝きは一瞬だったかもしれない。しかし、確かにあの時、輝いたのだ・・・

2012年02月09日(木) 週刊現代
週刊現代

 カークランド、シピン、ボブ・ホーナー、クライド・ライト、ブライアントら助っ人たち。高井保弘、吉田孝司、外木場義郎ら、地味な実力者たち。赤嶺賢勇、源五郎丸洋、藤沢公也ら、苦しんだ男たち・・・・・・ほか

 スポットライトを浴びるのは一瞬のこと。多くの場合、その後の人生は下り坂になる。かつての栄光が苦痛の種に変わることもある。人生は思い通りにはいかない。それは彼らも同じである。

日本を揺るがした外国人助っ人たち

「日本についてはいい思い出しかありません。長嶋、王、川上、みんなグレートでした」

 ヒッピーのような長髪に顔全体を覆うような髭。'72年、異様な風貌のアメリカ人が大洋ホエールズに入団した。当時の人気特撮番組にちなんで「ライオン丸」の愛称で親しまれた二塁手、ジョン・シピン(現在65歳)である。

 安定して3割台をマークするバッティングに加え、守備力を兼ね備える稀有な助っ人として、万年下位だった大洋において、鮮烈な印象を与えた。'78年、巨人に移籍すると、トレードマークの長髪と髭をバッサリ切り、周囲を驚かせた。

「大洋では髪型など何をしても自由でしたが、巨人では制限だらけでした」

 その後、腰痛に苦しみ、'80年のシーズン途中に引退。9年間の日本プロ野球生活に幕を閉じた。

 引退後は地元カリフォルニア州のサンタクルーズに移り、10年間は職に就かずオフを楽しんだ。この間妻との間に二人の娘を授かり、社会復帰に選んだのは意外な職業だった。

「不動産のライセンスを取得し、夫婦で不動産業を始めました。いまはほとんど引退していますが、一応まだ現役です。不動産は結果を出せば年俸が上がるところが野球に似ていました」

 野球に加えて不動産ビジネスでも成功を収め、ピーク時は400万ドル級の物件を年におよそ30軒売ったこともある。シピンは現在、カリフォルニア州有数のリゾート、ペブルビーチ近くの豪邸で生活している。

「ここの敷地は5エーカー(約6000坪)ほどです。レモンやりんごの木が自生していて、よく取って食べています。最近はワインも作っています。森に入ると鹿やコヨーテが出ることもあります。それだけ自然が豊かでも、町に出るのに10分かからないので気に入っています。家はここ以外にもたくさん所有しています。いくつあるかは言えませんが(笑)」

 いま、シピンは、「春季キャンプのコーチとして日本にぜひ行きたい。あるいはゲストコーチのようなかたちで巨人にも行きたい」と再来日への意欲を示す。また日本でライオン丸の勇姿を見られる日が来るかも知れない。

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