Closeup 内海哲也 巨人「中継ぎ降格」で番記者と話すのすら憂鬱だった昨年から、どう復活したか 最多勝(18勝)を手中にした〝障害者リハビリ〟
 '92年に他界した祖父の五十雄氏も、川上哲治や千葉茂らと同じ1938年に法政大学から入団した巨人の一塁手。プロ2年間で1安打の成績だったが、内海は尊敬する祖父と同じ背番号26をつけている
うつみ・てつや '82年、京都府生まれ。福井県の敦賀気比高から東京ガスに入社した後、'03年に自由獲得枠で巨人へ入団。'06年からローテーション入りし、通算80勝61敗防御率3.11。左投げ左打ち、186cm90kg〔PHOTO〕濱崎慎治(以下同)

「このまま終わってたまるか! 今季はそんな想いを胸に臨んだんです」

 巨人のエース内海哲也(29)は、力強い言葉でこう切り出した。自信に満ちた表情で、目は充実感で輝いている。それもそのはず。今季の内海は18勝5敗で、最多勝のタイトルを獲得。勝率7割8分3厘、防御率1・70もいずれも自身最高を更新する、抜群の成績を残したのだ。

 11月中旬、すでに来季に向け練習を開始している神奈川県川崎市の読売ジャイアンツ球場で、内海が語った。

「数字を見ると、でき過ぎですね。ここまでやれたことには、満足しています。ただ1年で終わりたくはない。今後もコンスタントに、成績を残せるようにしたいです。もう二度と、昨年のような悔しい思いを味わいたくないですから」

 昨季のことに話題が及ぶと、内海の表情が険しくなった。 '10 年のシーズン、内海はどん底の状態にあったのである。

 出だしは順調だった。自身2度目の開幕投手に抜擢され、5連勝。だが好調は長くは続かず、夏場の7月、8月は1勝4敗と失速してしまう。8月11日のヤクルト戦で2回⅓を投げ4失点でノックアウトされると、翌日には中継ぎに降格。8月中旬に先発に復帰したものの、9月9日の横浜戦で4回途中6点を失い降板すると、原辰徳監督(53)から試合後に「論ずるに値しない」と酷評され、翌日のスポーツ紙には「優勝する気あるのか」と辛辣な見出しが躍ったのだ。