福原義春 第2回「愛すべきあつかましさ」をどうやって使ったのか

島地 勝彦 プロフィール

 年末に際して、本年わたしのイチオシの本を紹介したい。告白すると、じつはこれも福原書友から教えられた一冊なのだ。『世界の測量』<ダニエル・ケールマン著 瀬川祐司訳 三修社刊>という書名を本屋の棚でみたら、土木関係の専門書かと思うに違いない。

 が、本書は若くして『整数論』を世に出した大数学者、カール・ガウスと、博物・地理学者・探検家でもあるアレクサンダー・フンボルトを主人公とする物語である。

 1828年、フンボルトからの執拗な誘いでしぶしぶ重い腰を上げたガウスは、ドイツ自然科学者会議に参加するために、ゲッティンゲンからベルリンの豪壮なフンボルト邸にやってきた。

 フンボルトは裕福な下層貴族の出で、2人兄弟の弟だった。早くに未亡人になった母親は、息子たちの育て方についてはゲーテのアドバイスを受け、物理学と哲学の家庭教師はカントの愛弟子を妻に持つマルクス・ヘルツを雇った。

 一方、ガウスは平凡な庭師の息子として生まれたが、その天才ぶりは少年のときから際立っていた。担任の先生が趣味で読んでいた高等数学の本を借りたガウスは、翌日に返しにきた。

「どういうつもりなんだ!?」と担任が気色ばんで訊いた。

「もう読み終えたんです」とガウス少年は静かに答えた。

 こんなキラキラ輝く2人の天才的エピソードが、章ごとに交互に展開して進む。ガウスを自邸に招いたとき、フンボルトは人類最初の写真家、ルイス・ダゲールを呼んで、2人の写真を撮らせようとしたが、当時の撮影技術は15分もじっとしていなければならず、ガウスがそれに耐えられなかったために、貴重な世紀の瞬間は感光性の銀ヨードを塗った銅板に記録されなかった。

 8歳年上のフンボルトはガウスの才能に敬意を表わし、またガウスはフンボルトの育ちがよく冒険好きなところに魅せられていく。フンボルトは結婚など人生において重要なことを企てない者がするもので、また恋人など邪魔になるだけだと断言して、生涯独身を通す。片やガウスは平凡な家庭を持ち、最初の妻が産褥で死ぬと、亡妻の友だちを後妻にもらう。

 晩年、フンボルトはロシアに旅立った。ガウスはいつものように天文台にいって望遠鏡で天の川を眺めながら、フンボルトのことを考えた。無事に戻ってきてもらいたかった。一方、フンボルトはそのころロシアで磁気測定をしていた。かれは地球の全周囲の6分の1も離れたところで同じことをしているガウスのことを思った。あの哀れな人はまったく世界を見聞していないのだ。2人は文通によって、さらに友情を深めていくのだった。

 フンボルトは実践的に測量しながら探検したが、ガウスは生活の糧として測量士をやっていた。そしてフンボルトより8歳も若いガウスは4年も早くこの世を去った。

 まだ人類が核爆弾も遺伝子工学も知らず、さまざまな"大発見"が可能で希望に満ちていたナポレオンの時代の、天才2人の素敵な出会いとその業績に強烈にして上質な感銘をわたしは受けた」