「脳脊髄液減少症」の診断基準まとまる
厚労省研究班 治療法の有効性確認へ
[医療]

記者会見する研究班代表の嘉山孝正氏=横浜市内で10月14日

 厚生労働省の研究班が、激しい頭痛などを伴う「脳脊髄液減少症」の存在を認め、MRI(磁気共鳴画像化装置)などの画像で診断する基準をまとめた。研究班の診断基準案が関係する8学会から承認・了承されたことが、10月に横浜市で開催された日本脳神経外科学会総会で報告された。今後は保険適用を視野に治療法の有効性を確認する作業に入るという。交通事故と発症との因果関係を巡って全国各地で訴訟になっており、司法判断にも大きな影響を与えそうだ。

 脳脊髄液減少症の発症のメカニズムは、大きく三つが考えられている。
①髄液が漏れている(髄液漏出症)
②髄液圧が下がっている(低髄液圧症)
③髄液が減少している(髄液減少症) ---である。

 研究班は「現段階では、人体を流れる髄液の絶対量を測る方法はない」として、「髄液漏出症」と「低髄液圧症」をターゲットにして診断基準をまとめた。この基準により、研究班に登録された「これまで治療を受けていない起立性頭痛(頭を上げていると頭痛が起きたり悪化したりする)がある」患者100人のうち、16人が「確実」に髄液が漏れている、17人は「疑いあり」と診断された。

 「確実」な16人の発症原因は、▽外傷5例(交通事故2例、交通事故以外の頭頸部外傷2例、転倒1例)▽(腰部に針を刺す)腰椎穿刺1例▽重労働1例▽原因なし9例---だった。

 発症頻度をどう評価すべきか。研究班は6月の中間報告書で「(確実例の)16%という数字は決して低くない頻度であった」と結論付けた。

 脳脊髄液減少症が疑われる症例については1938年、医療行為で腰に針を刺した後、頭痛に苦しむ患者がいることが報告されたという。60年には腰に針を刺した後に頭痛を訴える患者に、ブラッドパッチを施すと効果があることが分かっている。ブラッドパッチは患者の血液を採取し、患者の脊髄周辺に注射する治療法で、髄液の漏れを止める効果があるとされる。

 その後、激しいスポーツで発症したり、特に原因に心当たりがなくても発症することがあることも報告されていた。医学の教科書にも掲載されているというが、極めて珍しい症例と受け止められてきた。

 ところが、脳神経外科医の篠永正道氏が2000年以降、「交通事故などで頸椎捻挫と診断された患者の中に、実は髄液が漏れている患者が大勢いる」と主張するようになった。さまざまな治療を受けても改善しなかったのに、ブラッドパッチで完治したり、改善したという症例報告が増えるにつれ、積極的に診断する医師も増えていった。

 新聞やテレビで紹介されて話題になっても、医学界では「一部の医師たちがおかしな診断、治療をしている」と受け止められてきた。とりわけ事故のけがを治療することが多い整形外科の分野では、「軽い事故で髄液が漏れるはずがない」との反応が強かった。

事故による発症巡り訴訟相次ぐ

 社会的な関心が急速に高まったのは05年からだ。「事故で発症した」と補償を求める患者と、「あり得ない」とする損害保険会社が対立し、各地で民事訴訟が起きていることが報道で表面化した。

 事故との因果関係を認めて患者側を勝訴させた福岡地裁行橋支部判決▽「被害は軽微」と加害者を不起訴にした検察の判断について、土浦検察審査会が「不起訴不当」を議決▽判決理由の中で発症を認定した神戸地裁の刑事判決▽鳥取地裁でも発症を認める民事判決---などが次々に明らかになった。

 静観していた国も06年3月、国会で研究費の助成に前向きな姿勢を示す。同10月に日本脳神経外科学会の学術委員会が、関係学会に呼び掛けて本格的な研究に乗り出すことを表明した。これが国の研究班が作られる契機となった。

 「5年間、全力を挙げてやってきた。髄液漏れの診断に関して、世界のどの基準よりも科学的なものができたと思っている」。今年10月14日、記者会見で診断基準を発表した研究班代表の嘉山孝正・国立がん研究センター理事長はこう述べた。研究班は今後、ブラッドパッチの有効性を確認する作業に入る。

 ブラッドパッチが保険適用されるようになれば、労災保険、自賠責保険、障害者手帳、障害年金など、これまで脳脊髄液減少症が想定されてこなかったさまざまな社会制度の見直しに波及することが期待される。

 ただ、交通事故で発症して損保と補償を巡って争っている患者たちの受け止め方は複雑だ。

 これまでの10年間に国内で脳脊髄液減少症と診断された人は、患者団体の推計で約1万人。このうちのかなりの割合を占める人たちが補償問題を抱えており、「今回の診断基準に合致しなければ、補償を受けられなくなるのでは」と不安を募らせているからだ。

 この点について、研究班は6月の中間報告書で「まず第1段階として『脳脊髄液減少症』が確実な症例を診断するための基準で、その周辺病態の取り扱いに関しては、更なる検討が必要である」と説明しており、今回の基準に完全に合致しないからといって、発症が否定されるわけではない。

 国際頭痛学会の「国際頭痛分類第2版」(04年)の診断基準も、見直される可能性が浮上している。基準作りに関わった医師らが今年4月に米国の医学誌に論文を発表し、症状が考えられていたより多彩であると認め、「多くの患者が現行基準を満たさない」と不備を認めた。

 この国際頭痛分類は日本国内の訴訟で、患者の訴えを退ける有力な根拠の一つとされてきた。しかし、大阪高裁は今年7月、「外傷が(発症の)契機になるのは、決してまれではない」とした研究班の中間報告などを理由に国際頭痛分類を「厳し過ぎる」と批判して、患者の発症を認め、注目された。

 内外の基準見直しの動きは、訴訟の行方にも大きな影響を与えそうだ。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら