農業、食の安全、医療、金融は・・・。
「開国」へ賛否両論渦巻き、議論が錯綜
[TPP交渉参加へ]

会見でTPP交渉参加に向けて関係国と協議に入ることを表明する野田佳彦首相=首相官邸で11月11日

 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加が、国論を二分している。発効後原則10年以内に関税をほぼ100%撤廃する究極の自由貿易圏に入る交渉だ。アジアの成長を取り込みたい産業界の期待が大きい。一方で、壊滅的な打撃が予想される農業分野ばかりでなく食の安全や医療、保険、金融など国内の制度や規制が損なわれると慎重・反対派は〝戦線〟を広げている。「開国」への賛否両論が渦巻く中で、日本再生への明確なビジョンを欠いた議論が錯綜している。

 野田佳彦首相は、11月12、13両日、米ホノルルで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、TPP交渉参加を表明した。正確には「交渉参加に向けて関係国との協議に入る」という遠回しな表現での態度表明だ。オバマ米大統領との会談では「(国内には)慎重論も強かったが、日本を再生し、豊かで安定したアジア太平洋の未来を切り開くため、私自身が判断した」と説明。大統領は歓迎の意向を示したうえで「交渉参加国は、協定の高い水準達成に向け準備する必要がある」と、日本の取り組みを促した。

 APEC直前まで続いた民主党内の議論は賛否両論が紛糾していた。同党経済連携プロジェクトチームがまとめた提言では「『時期尚早・表明すべきではない』という立場の発言が多かった」とし、「慎重な判断」を求めた。その結果が首相による事実上の交渉参加表明だった。

 TPPはシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイが06に発効させた経済連携協定(EPA)が起源で、それに米、豪、ベトナム、ペルー、マレーシアを加えた9カ国で交渉している。日本が正式に参加するためにはこの9カ国の同意が必要になる。「関係国との協議に入る」とは交渉参加を前提にしたプロセスでありながら、慎重派には「あくまでも事前協議」との解釈の幅を与えるという、優れて政治的な言い回しだ。事実、慎重派のリーダー格、山田正彦前農相は「野田首相は『国益を損ねてまで交渉参加することはない』と述べている」と話し、交渉参加の前提ではないと受け止めているようだ。

 TPP問題で議論が錯綜しているのは、具体的にどのような分野で自由化が求められ、日本にとってのメリットがどの程度あるのかについて、政府・与党内で具体的な見立てができていないことにある。慎重派は「政府は正確な情報を国民に提供していない」と息巻き、推進派から「事実に基づかない議論もある。『TPPおばけ』と言っている」(前原誠司民主党政調会長)と、言葉の応酬が続いていた。

 TPP交渉は、関税の撤廃・削減や貿易ルールの整備など21分野で行われている。自由化の象徴的な関税撤廃では、日本が高関税で保護しているコメや砂糖、牛肉など940品目で求められる可能性がある。93年の多国間貿易交渉(ガット・ウルグアイラウンド)でコメ輸入が解禁されたが、778%という高関税で事実上の〝鎖国〟状態だ。関税が撤廃されれば日本農業のシンボルであるコメ農家が大きな打撃を受ける。

 さらにTPPでは、農業以外の分野でも疑心暗鬼が広がっている。例えば医療分野では、日本医師会が「医療の営利重視が強まり、国民皆保険制度が形骸化する」と訴えている。米国が日本に、保険診療と保険外診療(自由診療)を併用する「混合診療」の全面解禁を求めてきた。医師会は「混合診療が前面解禁されれば価格を自由に決められる自由診療が拡大し医療格差が生じる」と主張する。

 食品の安全基準も懸念されている。遺伝子組み換え大豆の表記基準や残留農薬基準の緩和や見直しの圧力が高まるおそれがあるという。さらに政府や自治体の物品調達や公共事業の発注で、外国企業の参入ハードルの引き下げが進む可能性がある。金融分野では、米国がこれまで簡易保険や郵便貯金について「外資系との競争条件が対等でない」と批判してきており議論の俎上に載ることも想定される。

 政府は菅直人内閣時の10年11月に閣議決定した「包括的経済連携に関する基本方針」で、具体的な取り組み方針として、「センシティブ品目について配慮を行いつつ、すべての品目を自由化交渉対象とし、交渉を通じて、高いレベルの経済連携を目指す」と記している。国益上敏感に反応する意味合いもあるコメなどの「センシティブ(重要)」な品目に配慮することが、自由化交渉の前提とした。

 APECでの日米首脳会談後、米政府が「野田首相は全ての物品、サービスを貿易自由化交渉のテーブルに載せると述べた」との声明を発表したためひと悶着が起きた。日本外務省は「事実無根」と抗議したが、米政府は訂正を拒んだ。民主党内の慎重派や野党からは、首相が国内と国外で言葉を使い分ける「二枚舌」との批判が起こった。

 野田政権は慎重派に配慮して基本方針のうち「センシティブ品目への配慮」という前段を強調しているが、米側は首相が持ち出した日本政府の基本方針の後段を重視して発表した、ということが真相のようだ。民主党内のガス抜きのために11月24日に開かれた両院議員懇談会で、首相は米側の声明に対して「絶対に言っていない」と改めて否定した。

 TPP交渉は、12年前半に9カ国が日本の参加に同意した後、本格的な交渉に入るとみられる。与党ばかりでなく、自民党をはじめ野党内でも意見の集約ができていない状況だ。政府は本格的な交渉の前に農業分野など「センシティブ品目」の配慮の具体的な対策が求められる。来春以降、本格的な議論が始まる。

街頭でTPP参加反対を訴える横断幕が掲げられた=札幌市内で11月10日

問われる通商国家・ニッポンの存在感

 自由貿易協定(FTA)では関税の削減・撤廃に焦点が当たる。一方、日本の場合は、関税だけでなく投資や競争政策などの分野も含めたEPAという形で交渉を行っている。

 日本にとって最初のEPAの相手国は2002年11月末に発効したシンガポールだった。農畜産品の輸出がほとんどないシンガポールは、自由貿易港であるため関税もほぼ無税になっている。日本としてはEPAを結びやすい相手だった。

 FTAでは品目数で90%以上について関税を撤廃するというのが暗黙のルールとなっている。それを達成するには、日本の場合、コメや小麦は例外とするとしても、乳製品や豆類、砂糖などの農畜産品は対象にせざるを得ない。

 自民党の農林族の強い反対を背景に日本がFTAに尻込みしてきたのは、そうした事情があるからだ。

 農畜産品が対象となり、日本にとって初の実質的なEPAとなったのが05年4月のメキシコとの協定だった。

 コメ、小麦、乳製品、砂糖、温州ミカン、リンゴ、パイナップルは例外となったものの、豚肉、鶏肉、牛肉、オレンジ(果汁、生果)は市場開放の対象となった。

 国内で反対が強い農畜産品の市場開放を日本が受け入れたのには事情がある。メキシコはカナダとともに米国と北米自由貿易協定(NAFTA)を結んでいる。ただし、米国との国境沿いに保税輸出地域を設け、非NAFTA諸国の国々の企業がそこで操業するにあたっては、不利益が生じないようにしていた。

 ところが、その保税制度が実質的に廃止され、日本から部品を輸出してメキシコで組み立て、米国に輸出するという仕組みが維持できなくなった。そのため、日本としてはメキシコとEPAを結ばざるを得なくなった。

 それでも、日本がメキシコから輸入する品目のうち関税の撤廃比率は86%ほどで、FTAと胸を張って言えるレベルではない。

 一方、日本の鉱工業品の輸入関税は、ゼロかそれに近い低率ものがほとんどだ。そのため、日本とFTAを結んでも、農畜産品の市場が閉じたままでは相手国にはあまりメリットがない。

 相手国にメリットを与えるため、職業訓練や技術移転などの項目を取り入れた例もある。日本がFTAではなく投資や独禁政策なども含めてEPAと称している背景には、そうした事情が働いている。

 ただし、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)では、関税撤廃率が90%に達しなくとも構わないという日本の理屈は通らないだろう。農業団体が強く反対しているのはそのためだ。

 しかし、農畜産品の問題を抱えて尻込みしていた日本がTPP参加に向けて動き始めた途端、日本とのFTAに冷淡だった欧州共同体(EU)が交渉に向けて動き始めた。また、野田首相がTPP交渉への参加を表明すると、中国が投資保護協定の締結交渉を受け入れ、日中韓FTAを働きかけるなど、大きな変化が生じている。

 日本のTPP参加は、FTAでリードしている韓国をにらんでのことでもある。その韓国と日本との交渉は中断したままだ。韓国は大きな対日赤字を抱える。日本からの部品や製品の関税を撤廃すると国内産業が打撃を受ける。そのため日本とFTAを結びたくないというのが韓国の本音だ。

 だが、日本の交渉への参加表明を受けてカナダやメキシコ、パプアニューギニアも参加を明らかにした。TPPの輪が広がっていけば、韓国も参加し、日本に対して市場を開かざるを得なくなるだろう。

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