本当に県民を愚弄しているのは誰か。谷津憲郎朝日新聞那覇総局長の「防衛局長発言」コラムが明かす朝日沖縄報道の「構造的差別」

佐藤 優 プロフィール

 谷津氏は、田中氏の不適切発言があったときに現場に居合わせたのか、そうでないかという事実関係は、朝日新聞の報道姿勢を知る上で重要なデータになる。朝日新聞の報道からでは、この点が明確にならない。谷津氏が、当初は、自分が参加する前に不適切発言が行われたと思っていたが、取材を進める内に自分のその場に居合わせたが、田中氏の発言を聞き逃したということが判明したということならば、それを読者に説明するのが報道に携わる者の職業的良心に基づいた行動と思う。

構造的差別を認識してない

 記者有論で、谷津氏は、「酒の席で基地問題を男女関係に例え、政府が意のままに出来るかのように表現するケースは、防衛局に限らず、時々聞いたことがあるからだ」と述べている。筆者はこの記述に強い違和感を覚える。なぜなら、基地問題を「男女関係」にたとえることと「性犯罪」にたとえることの間には、大きな飛躍があるからだ。

 酒を飲んでいようがいまいが、性犯罪を前提とする表現を国家公務員が用い、それを記者が黙って聞いているというような事態は正常でない。田中氏の「これから犯す前に犯しますよと言いますか」という発言を「男女関係」のたとえととらえ、「性犯罪」であることに対する認識が谷津氏に欠如していることが筆者には理解できない。

 さらに谷津氏は、「私にとって不快なのは、発言した田中局長よりも、発言の後でも評価書の年内提出を言いのける野田政権の方だ」と述べる。「よりも」というのは比較を示すときに使う。野田政権の評価書の年内提出よりも、田中氏の発言の不快さの方が軽いという谷津氏の認識が筆者には理解できない。

 筆者も評価書の年内提出という方針は正しくないと考える。しかし、それは政策判断の問題だ。これに対して、田中氏は、レイプを前提とする「これから犯す前に犯しますよと言いますか」という発言、買春を前提とする〈 1995年の少女暴行事件で米軍高官が「レンタカー代があれば女を買える」と発言したがその通りで、そうすれば事件は起こらなかった。 〉(11月30日付日本経済新聞朝刊)という発言をしている。

 この場合、「犯される」という対象は沖縄で、「買われる女」として想定されている女性も沖縄人だ。田中氏の発言の問題に含まれている構造的差別に対する認識が谷津氏には弱いと言わざるを得ない。