中谷巌 第4回 「過剰な企業のコンプライアンスなんて日本の文化にあいません」

撮影:立木義浩

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中谷 歴史を紐解くと、黒船がやってきた幕末は、日本は国をあげて西洋諸国と対峙したんです。指導者たちは命がけで日本を植民地にさせなかった。鎖国時代のオランダ語から、急遽、英語に変えて、猛勉強して闘ってきたんです。

シマジ よく明治の男は立派だったといいますが、その明治時代を闘った人たちは、明治生まれではなく、江戸末期生まれの日本人だったことですね。伊藤博文も福沢諭吉も夏目漱石も、みな江戸の生まれです。

中谷 そうです。いかに江戸時代の藩の教育がしっかりしていたか、物語っています。だから西洋諸国はなかなか日本を簡単には征服できなかった。それを成し遂げるのに、1945年の敗戦まで約80年もかかった。これでやっと西洋のフロンティア征服は終わったんです。

 しかし敗戦国の日本とドイツに援助していたら、この2つの国が凄い勢いで復活してきた。とくに日本はGNP世界2位まで突っ走ってきた。これは大変だと、アメリカのジャパン・バッシングがはじまったってわけです。具体的には官僚と銀行を激しくたたいて、成功を収めた。

 一方、アメリカは、ものつくりから金融立国に成長していった。人類の歴史は面白いほどに、同じことを繰り返す。オランダは一時世界の覇権を握ったが、チューリップ・バブルで崩壊したのは、ものつくりから金融に走った結果です。英国もそうです。産業革命のノロシを華々しくあげたが、結局、シティの金融活動に活路をみいだした。

 中東の石油産出国が石油の値段は、OPECでおれたちが決めるといいだしたときには、アメリカもびっくりしたでしょう。1バレル3ドルだった石油が、一挙に12ドルに値上げしたんですから。ところがウォール街のヤツらは頭がいい。石油をただ1回こっきり売ったり買ったりするのではなく、今度は石油そのものをしたたかに金融商品にしたんです。こうすれば、何度でも売り買いができるわけです。