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福島第一原発作業員が激白!「恐怖と疲弊、過酷な場当たり労働」
4号機の使用済み核燃料プールへは、50mのアームを装備した生コン圧送機からの放水が続いている。アームは、東電社員が遠隔操作している(東京電力提供)

  これまでに20人以上倒れたという噂。「最大250ミリシーベルト以上浴びても働く」という誓約書を書かされ、防護服での汗だく9時間作業の末に言われた「給料カットを覚悟してくれ」の一言。最前線はさらに悪化していた!

 本誌は福島第一原発での事故発生当初から、大量被曝の恐怖と闘いながら働く現場作業員の実態を伝えてきた。だが彼らの凄まじい労働環境は改善されるどころか、ますます悪化している。

 過酷な現場の様子を、福島第一原発で10年ほど仕事をしている中堅作業員・山田秀信氏(30代、仮名)が明かす。

「疲れは、もう限界です。普段は免震棟という耐震機能が高く、鉛のシートで放射線を遮っている特別な建物で寝泊まりしているのですが、35m四方ほどの会議室にみんなで雑魚寝ですよ。支給されるのは毛布1枚だけ。しかも簡易防護服を着たまま眠るのです。500人以上の作業員が出入りしているので、まさに寿司詰め状態で、中には部屋に入れずに、耐熱シートを敷いて廊下で寝ている人もいます。

 裸になると高濃度の放射線を浴びる恐れがあるので、風呂もシャワーも使えず汗も流せません。最近ではようやく3食出るようになりましたが、先月まではカロリーメイトと野菜ジュース、水を入れると温かくなる『マジックライス』などが一日2食支給されるだけでした。こんな状態で、疲れが取れるわけがないでしょう。作業員たちは疲弊しきった表情で、お互い話す気力もなく黙り込んでいます」

集中廃棄物処理施設の地下2階に溜まった、水の深さを示す東電の作業員。4月8日撮影(原子力安全・保安院提供)

 山田氏は、福島県内にある東京電力(以下、東電)の協力会社に勤めている。震災発生当時は別の仕事で県外にいたが、3月下旬に親会社の所長から要請を受け、現在も福島第一原発で電源の復旧作業に従事。4日泊まり込みで働いた後、2日休みを取って帰宅する勤務形態だという。

「要請されて1F(福島第一原発の通称)に入る前に元請け(親会社)の事務所に行ったんですが、驚きました。机の上に1枚の誓約書が置いてあり、こんな内容が書かれてあったんです。『最大250ミリシーベルト以上の放射線を浴びても、私は自分の意思で働く』。250ミリシーベルトとは、緊急時の作業員の被曝限度量です。

 長年1Fで働いていますが、こんな書面を書かされたのは初めてですよ。元請けの所長は『強制じゃないからな』と妙に真面目な顔で言っていましたが、今さら『そんなに危ないならやめます』とも言えません。恐る恐るサインをしました」

(上)放射線管理手帳、通称「原発手帳」の中身。銀行の通帳ほどの大きさ。東電指定の教材で講習を受けテストに合格すると、原発での作業時の携行が義務づけられる (下)原発手帳に記された被曝量。作業ごとに、どの原発にいつ入退したのか、どれくらいの放射線を浴び、どのタイプの検査を受けたのか、こと細かく打ち込まれている

 山田氏によると、普段と違うのは誓約書だけではなかったという。通常なら、親会社が管理している「原発手帳」を携行しないと原発内部に入れないのだが、今回は「『必要ない』と元請けの所長から言われた」というのだ。原発手帳とは「放射線管理手帳」の通称で、作業員の身分証明書のようなものだ。

 原発への入退日や毎回浴びた放射線量などが打ち込まれ、規定の被曝量を超えてしまった作業員は、原発で仕事をしてはいけない規定になっている。

「いつもなら『決してなくしたり、外部に持ち出したりすることのないように』と厳しく言われるんです。それほど大切な原発手帳が『必要ない』とは、あまりにおかしい。

 私たちは『1Fでは凄まじい量の放射線が測定され、数値を手帳に打ち込むと今後は誰も働けなくなってしまうから、持たせないようになったんじゃないか』と話し合っているんです」

 福島第一原発での仕事は、多忙を極める。普段なら午前と午後1時間ずつ働けば作業は終了するが、事故後は朝7時から東電や親会社と業務を確認。ビスケットと野菜ジュースの簡単な朝食を摂っただけで、夕方5時過ぎまで作業を続けることもあるという。山田氏が続ける。

汚染水の海への流出を防ぐため、取水口には鉄板が設置された(東京電力提供)

「地面も建屋の床も瓦礫で覆われ、機材を運ぶだけでも困難を極めます。しかも大きな余震が起きるたびに退避指示が出て、作業は遅々として進まない。

 9時間以上も屋外で働かされた上、高濃度の放射線の中の作業で気が張っていたため、屋内に入った途端しゃがみ込んでしまう作業員も多くいました。免震棟に入る前には東電の保護官が放射線量をチェックしますが、数値は教えてもらえません。

 おそらく普段なら制限値以上の量を浴び隔離されてもおかしくない作業員もいるのでしょうが、みんな『大丈夫』の一言で片付けられています。

 衛生状態も最悪です。外気は冷たいですが、服の隙間をぶ厚いテープで塞いだ防護服に完全マスクという姿で動き回っていると汗だくになります。それでも作業員は、シャワーすら浴びられない環境で働いているんです。免震棟の中は強烈な体臭や薬品の化学臭などの混じった、異様な臭いで充満しています。1Fで3日も働いていれば、大半の人が目まいや嘔吐、激しい頭痛などの変調をきたすでしょう。

 『Jヴィレッジ』(福島県双葉郡楢葉(ならば)町にある事故対策の拠点)や2F(福島第二原発)には医師が常駐する医療対策室が設けられているそうですが、すでに20人以上の作業員が倒れて担ぎこまれているという噂です」

 これほどの過酷な現場である。給料で補償してもらわなくては困ると、山田氏は休日を利用して親会社の所長に「作業の手当はいくらなのか」と尋ねた。

「所長の答えを聞いて愕然としました。『東電は1Fの周囲で避難指示が出ている住民や、被害を受けた農漁業者への補償で莫大なカネがいる。今までのような報酬をもらえないかもしれないので、給料のカットを覚悟してくれないか』

 大量の放射線が降り注ぐ劣悪な労働環境で働かされた上、給料を減らされたのではやっていられません。今は本気で、作業員を辞めることを考えています」

熱中症でバタバタ倒れる

 東電の協力会社で働き3年になる佐藤宏昌氏(20代、仮名)は現在、一時的に県外に退避しているが、親会社からは「連絡をしたらすぐに戻って来てくれ」と言われているという。だが佐藤氏は、今後の作業を危惧している。

「夏場の作業は、本当にキツい。ゴールデンウィーク後に気温が上昇すると、作業員は背中に20cm四方の送風機の付いたチョッキを着て仕事をします。外部の空気を浄化して作業着内に送る、特別な服です。でも放射線量が高い現状では、送風機は使えないでしょう。通常ならタービン建屋1階の簡易給水所に冷水で満たされた給水ポットが3台置かれ、作業中も常備された紙コップで自由に飲んでいいことになっているのですが、汚染される可能性がありそれもできなくなる。

 にもかかわらず、東電からは何の〝暑さ対策〟も出されていません。通常の夏場でも、5分作業しただけで体中が汗まみれになり、熱中症で一日に5~6人倒れることもあるのです。対策もないまま猛暑の中で仕事をすれば、作業員がバタバタと倒れるとんでもない事態となる。想像しただけで、気分が悪くなります」

 さらに佐藤氏が不安に感じるのが、東電のあやふやな指示だ。福島第一原発には200人ほどの東電社員がいるが、一部のベテラン技術者を除いて、現場の状況を理解していないというのである。

「朝のミーティングでも、東電の社員は『○日までに電源を復旧してください』『放射性物質の放出を止めてください』と東京の本部からの指示を作業員に伝えるだけ。現場の作業の難しさを、まったく理解していない。『お前たちの言う通りにできるなら、とっくの昔に事故は収束しているだろ!』。

 そんな言葉が喉まで出かかる時もありますが、グッとこらえて作業に専念しています。ただ東電の社員たちも、作業員のそうした怒りや不満を感じるのでしょう。普段なら敷地内で我々とすれ違っても目も合わせようとしないのに、最近では『お疲れ様です』とねぎらいの言葉をかけてくるんです」

 東電は4月17日に、事故の収束に向けた作業工程表を発表した。それによると、今後、最短で6~9ヵ月のうちに原子炉を安定的な停止状態にするという。

「冗談じゃありません。高濃度の放射線を浴びながら、工程通り短期間でスムーズに作業が進むとは到底思えない。ただでさえ1Fでは毎日のように多くのトラブルが発生し、作業員は場当たり的な対処作業で疲弊しているのが現実です。東電の幹部たちには『がんばれ』と我々の尻を叩くだけでなく、よく現場の状況を理解し、より現実的な対策を立ててほしい」

 福島第一原発の事故収束は、作業員たちの働きにかかっている。だが彼らの怒りと疲弊は、ピークに達しているのだ。

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