鳩山邦夫「兄由紀夫と同様、民主党政権は何もできない」
鳩山 邦夫氏

政権交代で民主党政権が誕生した。

 私は兄(鳩山由紀夫)と菅直人さんらと民主党を作った創業者の一人だ。

 ただ、2年前の選挙の時、「民主党が政権を取ると一体どうなるんだろう」と非常に深く考えたことがあった。その選挙の時、私は自民党を勝たせようと随分がんばったんだ。「政権交代」という大風が吹いた結果、25人応援して21人が落選の憂き目にあった。

 この選挙で民主党は大勝利を収め政権交代が実現した。私は政権交代に際して2つの考えを持った。

 一つは調子のいい公約を乱発してうまく国民の心を引きつけ自民党国会議員を300から100にたたき落とした。これはなかなかの名人芸といえる。私は総務大臣時代、かんぽの宿などの郵政財産の不当売買問題を追及したところ、民主党の国会議員も一緒になって不当売買問題追及に乗って来た。自民党の方は不正を隠そうとした。かんぽの宿問題は自民党人気の回復に役立つと思っていたのだが、民主党はそれを100%選挙利用し勝利を果たす。なんか変な形にもかかわらず選挙に勝つという一点で天才的な戦略をめざしたわけだ。民主党は政権を奪取した。

 私の中に民主党は政権をうまく運営できるのか。こういう疑問は沸々とわき上がっていたが、意外としぶとくやって10年ぐらいは政権を握り自民党は政権奪還できないかもしれないとも思っていた。

 他方、「やっぱり民主党政権はぼろを出すだろう」という考えもよぎった。

 結論としては、予想以上にボロボロの政権運営が続き、最悪のパターンを繰り返した。兄(鳩山由紀夫)ー菅直人ー野田佳彦と没落の道へ転がり落ちて行く。

 正直言って民主党政権がこんなにヘボイとは思わなかった。政権担当能力については兄(鳩山由紀夫)も下手だったし菅さんも下手くそだった。

 普天間基地移転問題について言えば自公政権時代、日本とアメリカとの間で辺野古沖にV字滑走路を造ると話を進めてきた経緯がある。

 野党だった民主党は「名護の辺野古に滑走路を持ってくる。そんなことは許さないぞ」とキャンペーンを繰り広げ、「出来れば日本国外、少なくとも沖縄県外」と言い続けて来た。菅さんは以前から「米軍基地、米軍の海兵隊はいらない」といっていた人。だから普天間基地の代替えもいらないという理屈になる。

 民主党には社会党からなだれ込んで来た社会主義者がいっぱいいる。「日本に米軍はいらない」という非現実的な防衛意識を持った人が多い。仙谷由人さんなどは自衛隊に対し「暴力装置だ」と言い放つくらいだ。

 兄は社会党系の議員に配慮して「国外、少なくとも県外だ」というしかなかったんだろう。この言葉を08年総選挙前から言い続けているが、兄の本意であるわけがない。しかし、人間というのは何度も言い続けるとだんだん本気になってくるもの。最初は社会主義者たちの声に押されて「国外、少なくとも県外だ」といわざるを得なかったが、基地問題の話を沖縄で演説すると熱狂的歓迎を受ける。兄もだんだん本気になっていった。

 兄は政治家として総理大臣として「国外、最低でも県外」を公言し、これは公約になった。そうなった以上、兄は「国外、最低でも県外」を言い続け、努力し続けなければならなかった。兄のその考えは間違っていると思うけど、政治家として多少日米関係が悪くなっても一端国民に約束したらそれを貫くしかない。私ならそんなことは言わないけれど、口に出した以上は必ずそうするしかない。総理大臣が信念を貫こうとすればアメリカだって態度を変えて行くと思う。

 谷垣禎一自民党総裁との党首討論で「普天間基地移転問題」をつかれ思わず腹案があるなんて言ってしまった。そんなことを言わなければいいのに残念だ。

 兄は政権慣れしていないものだから普天間問題に窮してしまう。10年5月4日、仲井真眞弘県知事や稲嶺進名護市長に会ったあと

「私は海兵隊、というものの存在が、果たして、直接的な抑止力にどこまでなっているのかと、いうことに関して、エー、その当時は、海兵隊の存在の、そのものを取り上げれば、必ずしも抑止力として、沖縄に存在しなければならない理由にならないと思っておりました。

 ただ、このことを学べば学ぶにつけて、やっぱりパッケージとして、即ち、この海兵隊のみならず、エー、沖縄に存在している、米軍の存在全体、の中での、海兵隊の役割というものを考えたとき、それがすべて連携をしていると、その中での抑止力が維持できるんだと、いう思いに至ったところでございます」

 などと辺野古滑走路建設の言い訳をし、それがまた信頼を失っていく。

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