日本の底力

余震の中で新聞を作るVol.39 ~除染に挑む・飯舘 その3

河北新報編集委員が記録する「被災地のジャーナリズム」

2011年11月22日(火)
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一日限りの例大祭が行われた山津見神社(11月12日)

vol.38はこちらをご覧ください。

写真・文/寺島英弥 (河北新報編集委員)

47回目 ~除染に挑む・飯舘 その3

 山は赤から茶へと衣を替え、道路わきは延々とススキの野。晩秋の色がいよいよ濃くなった11月12日(土)、福島県飯舘村の佐須地区は、5月から全村挙げての計画的避難が行われて以後、久々といえる人数の来訪者を迎えました。地元にある山津見神社の秋の例大祭が、例年の3日間(旧暦10月15~17日)から「一日限り」に短縮の形で開催されたのでした。

晩秋の飯舘村佐須の風景(11月12日)

 山津見神社は「山の神」の名で隣県や関東にも知られ、「家内安全」の祈祷やお札を受けに毎年約20000人が参拝します。昨年の例大祭の写真を見ましたら、参堂には70もの露店が連なり、お好み焼きや甘酒、竹箒や農作業の箕(み)を売る店も。夜も煌々とした明かりの中を大勢の家族連れが行き交う風景がありました。

 「地元の氏子さんも村外に避難し、放射線への不安もある中で例大祭をどうするか、一番の悩みだった」と、禰宜(ねぎ)の久米順之さん(43)は語りました。久米隆時宮司らも福島市に避難しましたが、「守り手が留守にするわけにはいかない」と神社に通っていました。「今年も、事前に500人ほどの方から祈祷の申し込みがあり、お祭りを途切れさせてはならないと考えた。60人の氏子さんたちも、こういう年だからと、新しい白旗一対を作って奉納してくれた」と順之さん。

狼の狛犬が鎮座する山津見神社の社殿

 標高705メートルの虎捕山(とらとりやま)を背にする神社には、白い狼に導かれ、山上の虎を退治したという八幡太郎義家の伝説があります。東北の先人・清原(藤原)清衡による平泉創建前史の前九年・後三年の役の時代の話ですが、参堂の石段を登った社殿前には、その通りに狼の狛犬が鎮座しています。数百枚の狼の奉納画が天井に飾られているといい、修験道からさらに古い、山の自然信仰世界にも濃厚につながる場なのでしょう。

 その日の境内には一張りの露店もなく、目に映るのは、今年は採る人もない柿の実の赤、はらはらと無数に舞う落ち葉。その下を、年配の参拝者たちが静かに行き交い、祈祷やお札を求めていました。若い世代は、白いマスクの親子連れを時折見かけるほどでした。
「佐須行政区」とかかれた行事用の高いテントを設置している人たちがいました。「余震の中で新聞を作る42~除染に挑む・飯舘」で紹介した農家・菅野宗夫さん(60)ら氏子の有志と、佐須で除染実験を行う田尾陽一さん(70)=東京・工学院大客員教授=ら首都圏の研究者たちのNPO「ふくしま再生の会」メンバーです。

 午前10時過ぎに立てられた看板は、「いいたて復興祈念 ミニ・チェロコンサート」。演奏者は、ドイツのカイザースラウテルン市歌劇場で30年間、主席を務めた野瀬正彦さん(70)。田尾さんが、「被災地のためにチェロを弾きたい」という東京の中学時代からの旧友を菅野さんに紹介、例大祭を盛り立てようと一緒に実現させたコンサートでした。

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