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神童の法則 才能はいかにして開花したか。親たちが語る「天才少年・少女」の育った環境、育成理論
第3回 ジャズドラマー 鬼束大我
日野皓正氏ら名プレイヤーから「ジャズの後継者になる」と言われた息子の才能を、父は信じた(2月27日)〔PHOTO〕谷本潤一
大我=タイガー。寅年生まれなことと敏史さん(右)が阪神ファンだったことから、この名をつけたという

「鉄拳制裁あり」---仕事を辞め息子の音楽教育を貫く父の〝星一徹式指導〟

「ロン・カーター(注1)とセッションしたかったから」少年はドラムを始めた動機について、そう語った。息子の才能に伴走する覚悟を決めた父は、自分の時間を徹底的に捧げて、息子を次のステージへと導く---。

 この父子の関係をたとえるなら、星飛雄馬と父・一徹の関係に近いのではないだろうか。息子に叩き込むのは、野球ではなくジャズドラムである。初めてドラム・スティックを握らせたのは息子が4歳の時だった。

 さすがにガソリンをかけたボールに火をつけ、息子に向けてノックするようなマネはしなかったが、「幼い頃は、練習を嫌がったりもしたでしょう」と問えば、父親は即答したものだ。

「ああ、そこは鉄拳ですわ」

 少年が生まれる前、父は妻のお腹の中にいるのが男児と分かると、ある試みに踏み切った。当たり前のようにジャズの流れる環境で生まれ育った日本男児は、本来、東洋人の中に流れているはずのないジャズ独特の「4ビート」を刻めるようになるのだろうか---。

 父親は振り返ってこう言った。

「言うたら、それは〝実験〟でしたね」

(注1)アメリカ・ミシガン州出身のジャズ・ミュージシャン。クラシックの奏者を目指していたが転向。来日経験も豊富。73歳