ロングインタビュー
宇宙飛行士 毛利 衛 vol.2
宇宙の「黒」は、優しく僕を包み込んだ。

vol.1はこちらをご覧ください。

取材・文 / 門倉 紫麻  撮影/ 神戸 健太郎

「『いぶき』という衛星を知っていますか? 2009年の1月に打ち上げられた、大気中の二酸化炭素濃度を測る衛星です。

 いままでは、地球上の数百点を測定して平均値を出すという定点観測だったんです。でも数百という数は不十分であるばかりか設置場所も先進国には多いが途上国や海上にはほとんどないといったように偏りがありそれでは信頼のある値であるとは言い切れないものでした。

『いぶき』は地球の周りをまんべんなくぐるぐるとまわりながら、5万6千点、ほぼ地球全体をまさに網の目の細かさで測定することができるようになった。今、世界中の温暖化の研究者たちが、そのデータをよりどころにしています。こんなに直接的に環境問題に貢献しているすごい衛星が成功しているのは、今のところ日本だけなんですが・・・ほとんど知られていないのは残念ですね」

 確かに、いぶきについて華々しく報じられたという記憶はない。「地味だからニュースになりにくいんですよねえ。はやぶさだけじゃなくて、こちらにも注目してほしい(笑)。日本は、ほかにも衛星からの海洋観測とか森林など陸域の観測にも力を発揮しているんですよ」

 自然を測定する分野で日本が力を発揮できるのは、「儲けるため」よりも「自然をもっと知りたい、という純粋な気持ちから、基礎的な研究に意義を感じる文化があるから」。
「日本人が科学の分野でノーベル賞をこんなにたくさんとっているのは、そういう文化の表れなのかもしれません」

海の生物は陸を目指した地球の生物は宇宙を目指す

画像提供/JAXA

 なぜ人間は宇宙を目指すのか。

 長く考え続けてきたこの問いへの答えを、毛利さんは二度目の宇宙飛行体験で得た。

「生命の進化の過程で人間は地球から飛び出したのではないでしょうか。カンブリア紀の生物が、海から陸地へと飛び出したように」

 5億5千万年前、海の中で多種多様な生物が大量に誕生したカンブリア紀。やがて、彼らの一部は生きるための新しい場を求めて陸地へと向かった。同じように今、人類は地球から宇宙へと向かい始めた---。

「現在地球上にいる生き物は5千万種。46億年の生命の歴史のなかで、こんなにいっぱいになったことはなかった。中でも、急速に増えたのは、人間です。生物の体を形作るタンパク質を自ら作り、DNAを操作できるようになった。消費するエネルギーはどんどん増大して、その結果自分たちが出した二酸化炭素が、ほかの生物にも影響を与え始めている。地球に存在できる人間の数の限界が近付いているんです」

画像提供/JAXA

 そんな危機的な状況を、ことさら声を荒げることもなく、過剰に嘆く口調でもなく、むしろ淡々と語っていく。

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「歴史のなかで、過去にも起こって来たことなんですよ。危機的な状況になったとき必要になるのは、客観的に現状を知り、乗り越えて行く知恵です。地球をその目で見るために、人間は宇宙へと出ていこうとしている」

 私たちは今、生命の大きな変化の瞬間に立ち会っているのかもしれない。

「でも今はまだ、ほんの小さな可能性を見つけたところ。カンブリア紀に海の生物が何度も陸地を目指しては失敗することを繰り返すうちにやがて成功したように、我々の試みも、長い目で見る必要があると思います」

 そして、地球を外から見て「ほかにも、ある」と感じた毛利さんならではの、こんな言葉が続いた。

「人間とまったく違う生き物が別の天体にいるかもしれない、と意識しながら宇宙開発をしていくことが大事だと思います。交信することだってできるようになる・・・そう考えてみてほしい。現実には、たとえ今すぐ交信を開始したとしても光の速度で千年、万年という単位で時間がかかるわけですが、『いるかもしれない』と考えること自体が、地球で生きる我々の意識を大きく変え人間の種しゅとしての寿命をのばすはずです」

 客観的に、相対的に、全体を見る。そのことの重要性を、繰り返し口にする。

「その視点を、宇宙開発をすることによって持つことができるんです。別の天体も視野に入れて地球全体を客観的に見られるようになれば、国や宗教という単位ではなくてもっとずっと大きな単位でものごとを考えるようになる。国同士のつまらない諍いさかいはなくなるはずです。今のようにバラバラな考えで動いていては、生き延びることはできない。

 人間もいろいろな生命の中のひとつに過ぎない、という共通した認識を、世界中の人が持つことが必要になってくる。これまでのように、人間がトップにいて、自然をコントロールしよう、という考え方ではなくて、人間も自然の一部であるという文化が注目され始めていると思います。アジアの人々にとっては、なじみ深い文化ですよね。そういう意識の変化が、地球生命の寿命を長持ちさせることにつながるのだと思います」

 進化の過程で宇宙へ飛び出した、最初の日本人宇宙飛行士・毛利衛。地球の環境が急激に変化していく中で、彼の言葉はこの先さらに重みを増して行く。

SPECIAL DATA FILE

1 影響を受けた本や映画は?
→映画「ザ・ドリーム・イズ・アライブ」

 宇宙空間で撮った初めてのIMAXフィルム。86年にスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故があったとき、私は日本初の搭乗科学技術者3名のうちの1名として選定されたばかりでしたが、計画はいったん停止してしまいました。いつプロジェクトが再開されるかわからない不安定な状況のなか、アメリカで暮らしていたときに観ました。大画面を見ると、あたかも宇宙にいるような気持ちを味わえた。すごく勇気をもらいましたね。1年半で30回以上観ました。

2 先輩からのアドバイスで覚えている言葉は?
→「Think ahead」と「Big picture」

 どちらもNASAの最初の訓練で言われた言葉で、今も自分の体に染みついています。「Think ahead」は、今じゃなくて、この先に何が起きるかを見越して物事を考えろ、ということ。「Big picture」は自分のことだけではなく全体を見て、その中で自分のすべきことを考えろ、ということ。この2つの言葉から、時間軸、空間軸の両方で全体像を見ることを教わりました。

3 宇宙飛行士の後輩またはこれから宇宙飛行士を目指す若者にアドバイスするとしたら?
→「いつも、大変なんだよ」

 楽なことはない、と僕も実感としてわかっているので(笑)。だんだん仕事がシステマティックになって慣れてくるかもしれないけれど、そんなことで甘んじてたらいい仕事はできないよ、という気持ちも込めています。

4 嫌いな言葉は?
→「しょうがない」

 日本に帰って来てからこの言葉によく出合うようになった。しょうがない、で誤魔化してはいけない。責任を果たし、やり抜く努力をしなければならないんです。

毛利 衛
もうり・まもる/1948年北海道余市郡余市町生まれ。1985年8月NASDA(現JAXA)よりペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者)として、向井千秋氏、土井隆雄氏とともに定される。1992年9月スペースシャトル・エンデバー号に日本人科学者として初めて搭乗する。2000年2月には再びエンデバー号に、ミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者)として搭乗、地球の立体地図を作成するための地表データを取得する作業を行う。現在は、日本科学未来館の館長を務める。
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