嫌消費 ~私たちが車を買わない本当の理由~

 創職時代第18回コラムで、私たちの豊かな「貧乏」生活について紹介しました。

 なぜ私たちは、年収1000万円があこがれではなくなり、物を買わなくなってしまったのか?

 大きく4つの観点から説明しました。

1. 貧乏はファンタジー。中流家庭に産まれ育ち、マジで貧乏生活を知らない。
2. 日本の先行きが不透明。身動きが取れなくなりそうな車や家などのかさばる買い物はしたくない。
3. アメリカのリーマンショックの影響。これにより消費主義のイメージが悪くなった。
4.露出社会の出現。物質空間を情報空間に拡張していく生活スタイルの普及。

 以上の分析を行ったのですが、本コラムでは4について詳しく説明していきたいと思います。なぜならば、露出社会の出現こそが、嫌消費の最も大きな要因になるだろうと考えるからです。

欲のない若者という虚像

 さて、私たちが車を買わなくなったことに対して「近頃の若者は欲がないね~。」などとぼやく人々がいるのですが、それに対して「とんでもない! あなたと同じように私たちもすごく欲深いのですよ、ただしその欲深さを表現する場所はあなたと異なりますけどね。」と申し上げたいと思います。

 消費社会について分析したジャン・ボードリヤールは、「消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない。」とはっきりと述べています。人々が物を消費するという理由には「私って他の人と違ってちょっとはイケテルでしょう?」という人々から承認されたいという、自己顕示欲があります。では、この自己顕示欲が今の若者にはなくなったのか? と言うと、「とんでもございません!」と私は言いたいのです。その自己顕示欲を満たす行為が、「車を買う」ことではなく、「言葉を発する」ことになってきているのです。

 物質空間が、インターネットによって情報空間に拡張されていない時代には、自らのセンスをアピールする方法は、誰からも見られる「モノ」に求める必要がありました。

 車や家や服などはわかりやすい、アピールポイントになるわけです。みなさんも記憶にありませんか?

 中高と、制服指定の学校に通っていると、自分のセンスをアピールするために、指定された制服の中で少しばかりの差を周りとつけて、「イケテル」奴と認定されるゲームに参加しませんでしたか? このような心理は消費生活の至るところで発生していて、車であっても、微妙に差をつけることで、自己顕示欲を満たすことがおもしろい時代があったわけです。それが高度経済成長を牽引したとも言えましょう。

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