2011.10.31(Mon) 田原 総一朗

「いま福島の農業を再生するために何をすべきなのか」ーー田原総一朗・津田大介と福島で考える日本の農業 vol.1 

筆者プロフィール&コラム概要

津田大介(ジャーナリスト、以下津田) みなさん、こんにちは。福島から農業の再生を考えるということで進めたいと思います。

ジャーナリスト津田大介氏

 今福島がこれだけ話題になっています。特に農業に関しては、空間線量だけではなくて内部被ばくが問題になっています。農作物の流通、その中でどれだけの検査をして食の安全を確保していけばいいのか。これは農業に関わっている方にとっても大きな問題でしょうし、我々東京に住んでいるものにとって、さらには日本全国で考えなければならない問題になっていると思います。

 現状と、これから考える実態、それに対処する方法はあるのかということをざっくばらんに議論していければと思います。田原さんからひとことお願いします。

田原総一朗(ジャーナリスト、以下田原): はい。この間、第一回の討論会をしまして、私はいかに原発について知らなかったということを思い知りました。まず、私は放射能というのはとっても危険な物質ですから、例えば水銀とか、出してはいけない物質がたくさんあるのと同じように、放射能も出してはいけないんだと思っていました。ところが放射能を出すのは平気なんですね。合法なんです。放射能を出すことでの罰則もないし、それについてどうやればいいのかということもこれから考えなければならない、ということにびっくりしました。

ジャーナリスト田原総一朗氏

 もうひとつびっくりしたのは、出荷規制についてです。野菜などの出荷規制で、私は当然農産物を作って出荷できないというのですから、当然県なり、市なり、国なりが補償するのだと思っていました。ところがまったく補償がないと聞きました。

 なぜなら、県や自治体は「出荷しないでほしい」というだけなんですね。判断するのは農家自身だから、補償がないそうなんだそうです。厳しくなく、やさしい言い方するのは民主主義だからではなくて、責任を取りたくないからなんですね。それがはっきりしました。

 日本人の多くは、いま脱原発を議論しています。しかし、福島は現に原発によって放射能汚染が進んでる。その中で具体的に農業をどうやっていくのか、どう闘うのか、という姿勢を見ました。とっても強い姿勢、あるいは知恵、工夫を見て、とっても感動の連続でした。

子供たちからセシウムが検出された現実の中で

津田: では、参加者の方に自己紹介をお願いしたいと思います。

三保恵一(二本松市長、以下三保): みなさんこんにちは、二本松市長の三保です。いま二本松市は農業面では実りの秋、収獲の秋を迎えています。いつもであれば村祭りなど、豊作をみんなで喜び合いながら楽しい収穫の時を迎えるところです。こうした中にありまして、東日本大震災、東京電力の原発事故による放射能の漏えいが続いています。事故の状況はいまだ収束せず、進行中であるわけです。

 また、原発事故が起こった3月以来、放射線物質が拡散され、それが降り積もっております。米や農作物の作付にあたっては、放射能汚染の濃度を調べて5000ベクレル以上については作付制限、以下については作付可能ということで作付をいたしました。

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(たはら・そういちろう) 1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。現在、早稲田大学特命教授として大学院で講義をするほか、「大隈塾」塾頭も務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。また、『日本の戦争』(小学館)、『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』講談社)、『誰もが書かなかった日本の戦争』(ポプラ社)、『田原総一朗責任 編集 竹中先生、日本経済 次はどうなりますか?』(アスコム)など、多数の著書がある。
 


田原総一朗のニッポン大改革

政権交代はこの国に何をもたらすのか。日本は中国にGDPで抜かれ、そのまま二等国に成り下がってしまうのか。---ジャーナリストの田原総一朗氏が政界、経済界、学会などのキーマンたちに直撃、取材。日本が直面する問題を探り、その解決策への道を模索する。