中沢新一氏(宗教学者)×釈徹宗氏(僧侶)×平松邦夫氏(大阪市長)「アースダイバーで読み解く東京・大阪」 第3回
アースダイビングで明らかになるコミュニケーションの根源

 この対談は今年2月8日に行われました。vol.2 はこちらをご覧ください。

大阪文化の根底にある「水際の感性」

釈: 大阪を歩いていると、(聖徳)太子信仰と天神信仰がいろんなところでクロスしているのを実感します。太子信仰は、中沢先生が四天王寺の話を紹介されたように、大和川に沿ったラインがあった。一方の天神信仰は、京都で流されたもの(災厄)が大阪でわだかまってできてきた流れがあって、それらが至る所でクロスしているのが見えてきますよね。全然違う信仰が重層しているという。

中沢: 聖徳太子もすごい、天神さんもすごい、と。大阪人は面白いよね。聖徳太子ってのはいろんな姿で描かれていて、大阪から北陸にかけて聖徳太子像がいっぱいあるんです。たとえば少年の姿だったりね。赤い腰巻一つ身に着けて、上半身は裸で、合掌してたりする。

 で、大工さんの曲尺を持ってることも多いでしょう。あれはね、職人さんの神様だからなんですよ。職人さんたちが聖徳太子をお祀りしてたんですね。東大阪(市)という所は現在、日本を代表するモノ作りのメッカになっているんですけども、なんでそうなったかと言うと、やっぱりこの聖徳太子と四天王寺の関係がすごく重要なんです。

 四天王寺を建設するため、非常に優秀な職人集団が百済からやって来たんですね。この人たちが天王寺村の最初の住人になった。そして、彼らが大阪の(モノ作りの)技術の基礎を作っていくんです。

釈: そうですね。周辺には、細工谷とか瓦町、あるいは伶人町とか、いかにも職人や職業を表す地名が今でもたくさん残ってます。

中沢: その職人たちは四天王寺から生駒山の方角にかけて太子の遺跡をたくさん残していくんですね。一方、天満の砂洲のほうは商人の世界。ここには京都のほうから流れ込んでくるものがあって。大阪の商人の世界のでき方というのもやっぱりすごく面白いですね。

釈: 京都からの商業への影響というと、もう少し後の時代になりますが、蓮如~実如~証如(室町~戦国時代の浄土真宗の僧)の流れでできていった寺内町がありますよね。上町台地の先端部に、彼らが作った石山本願寺を中心に宗教都市が形成されていく。

 かつて物部氏が仏像を捨てたその土地に仏教都市ができるのは皮肉な話なんですけども。浄土真宗によってできた寺内町=宗教都市というのは、プロテスタントと資本主義のような関係があって、どこでもほとんどの場合、商業都市に変化していきます。上町台地の先端にできた寺内町もやはりそうで、これがやがては船場に移行していくんですけども、大阪が商業都市となった基盤・源流にも、京都からの流れが影響していますよね。

中沢: 最初の商人というのは、だいたい海民だったんですね。海でアワビやなんかの魚介類を獲ってきて、捧げ物として朝廷に貢いでいた人たちです。その海民の中でも重要なのが供御人(くごにん)という存在で、宮廷用に上等な海水産物を獲っていた。この人たちは縦横無尽に川を行き来していたんですが、当然ながら魚介類には余り物が出てくるわけですね。むしろ余り物のほうが多いくらいで、これを捌く場所として淀川が発達していくわけですけども。ですから天皇や皇族に捧げ物をする人たちが商人になっていったというわけですね。

 で、海民とは何かというと、いまだによく分かんないところもあるんですけど、恐らくそのルーツは、朝鮮半島の南、もしくはもっと大きい中国の南部、それから台湾、さらに行くとスマトラとかインドネシアまでつながる広大な領域をかつて移動した人々であろうと言われています。その人たちが、大阪で商業を始めるようになっていったわけですね。ですから、お百姓さんとはちょっとタイプが違うんですよ。

釈: 僕らみたいに周辺都市に住んでると、大阪は職人の街だというのは痛切に感じますし、先ほど話に出たアポロンの軸の中で重要な坐摩(神社)や住吉(大社)、それから(大阪)天満宮。いずれも「水際の感性」というのをすごく感じるんですね。天満宮(の始まり)はある日突然、松が生えてきたということになっている。住吉もそうでしたね。神社なのに榊じゃなくて松なんです。これはどう考えても照葉樹林や森の文化じゃなくて、水の文化ですよね。

中沢: 先ほど釈さんの話に出た浄土真宗もそうです。浄土真宗の最初の門徒衆ってのは川の民であり、海民なんですよね。親鸞聖人の最初のお弟子さんたちはほとんどが川の民と呼ばれていた人たちで、要するに水運をやってた人たちなんですけど、これも元は海民なんですよね。浄土真宗のお寺に行くと阿弥陀如来がありますけど、面白いことに、その脇に必ず聖徳太子がいる。

釈: そうなんですよ。根強い太子信仰があって。太子信仰と天神信仰って、その両者の関係を研究してる人がいるんですけど、どこでどう調べても結びつかなかったんですよ。それが浄土真宗では結びつくんです。上町台地の先端に寺内町ができたことで、もともと河内文化圏、摂津文化圏、和泉文化圏と別々であったものが門徒のネットワークで結びついていったんじゃないか、と。

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