ようやく謝罪、迷走トヨタと「創業家のプライド」
遅すぎたプリウスリコール・・・
人命の危機より巨大企業はお家大事を
選ぶのか 〔取材・文〕井上久男(ジャーナリスト)
「危機感が薄い」「回答が明確でない」。大規模リコール問題で会見した豊田章男社長の対応の不備に、メディアからは不満が噴出。なぜ、今の今まで、経営トップが説明責任を果たさなかったのか―。
社の現状を豊田章男社長は「嵐の中の海図なき航海」と表現した 〔PHOTO〕川柳まさ裕

 2月5日の午後9時。トヨタ自動車の御曹司、豊田章男社長(53)が一連の大規模リコールについて初めて陳謝する記者会見を行った。

 トヨタの名古屋オフィスが入る高層ビル「ミッドランドスクエア」(名古屋市中村区)には100人を超える報道陣が詰めかけた。会見の予告があったのが、その日の夕方6時頃だったため、週末で混み合う東京駅では、カメラ用機材を持った報道陣が下りの東海道新幹線に慌てて飛び乗る姿も見られた。

 定刻に始まった記者会見の冒頭、豊田社長は用意していたペーパーに目を落として、こう切り出した。

「多くのお客様が『私の車は大丈夫か』と不安に思われているのではないかと思い、私から直接話す機会を、急遽、設定しました」

 始まりは'09年夏に発覚した、アクセルペダルが引っ掛かって戻らなくなり、カリフォルニア州でレクサスの同乗者4人が死亡した「フロアマット問題」だった。今年に入って同じくアクセルペダルの「フリクションレバー」と呼ばれる部品が結露によって戻りにくくなる不具合が発覚。

 そして極めつけは、看板車種であるプリウスのブレーキシステムの不調。時が経過するほどに、被害規模と対象車種が拡大し、リコール(無料の回収、修理)対象台数は延べ1000万台に到達した。全米の自動車市場に匹敵する規模と言えば、その惨状は伝わるだろうか。

 お家芸だった「品質」と「ブランド」は、わずか半年足らずで地に落ちた。株価も下落し、企業価値を示す株式の時価総額は2月に入って3兆円近くも減少。

 2010年3月期連結決算の見通しでは、エコ減税効果などによる販売増で黒字化が確実視されていたが、「リコール関連で約1800億円の減益要因が生じた」(経理財務担当の伊地知隆彦専務)ため、200億円の営業赤字の見込みだ。まさに未曾有の危機である。

 企業にとって品質問題は、イコール経営問題であると言われる。リコールの原因を辿ると、単純な技術論ではなく、ハイテク化した車のコンピューターと機械の融合など部署間の連携、コスト削減のための部品の共通化の影響、現地現物による徹底した試作の弱体化、社員のやる気・・・様々な要因が複雑に絡んでくる。

 だからこそ、事態が大きくなればなるほど経営トップが自ら説明し事態の収拾を図るのが、多くの企業にとって通例なのだ。「特に米国には消費者問題専門の弁護士が多く、対応を一歩間違うと、製造物責任(PL)など経営上の命取りになりかねない」(在米のビジネスマン)。

 しかし、豊田社長が自ら説明したのは5日の記者会見が初めて。問題が顕在化して5ヵ月も経っている。

「原因究明に時間がかかるのも分かるが対応が遅すぎる。取引先に対しても、情報開示がほとんどなかった」

 系列部品メーカーの幹部から、こんな批判の声が起きるのも当然だし、記者会見でも、名古屋の地元紙記者から「企業の説明責任の観点から見てやや遅すぎるのではないか」との質問が出た。だが、豊田社長は「社内で一番詳しい人間がお客様に正しくお伝えするという方法を取らせていただきました」と答えている。

 佐々木真一副社長(品質保証担当)がアクセルペダルの不具合について役員として初めて記者会見をしたのが2月2日。続く4日にはプリウスのブレーキが一瞬利かない状態になる不具合について横山裕行常務役員(同)が会見を開いた。ここまでの5ヵ月もの空白がもたらした意味合いを、豊田氏は把握しているのか。

 これまで日本での対応が決まっていなかったプリウスについても、2月9日、豊田社長と佐々木副社長が記者会見し、リコールすることを発表した。両者ともこれまでと態度を変え、慎重に言葉を選びながら説明していた。しかし、自動車業界の担当記者は「欠陥を認めたくないトヨタがリコールすることを渋ってきた」と見ている。

 現に正式にリコールを決める前まで、佐々木副社長、横山常務役員は「(ブレーキの利きは運転者の)フィーリングの問題」「素人的には空走感がある」「大した問題ではない」と、恐怖感を味わったユーザーが存在するというのに、失言を繰り返した。

 監督官庁の国土交通省が業を煮やすのも当然だ。前原誠司国交相は「大きな問題かどうかを決めるのは使う側であって、会社側が決める話ではない。トヨタは顧客の視点が欠如している」とお灸を据えた。

 米運輸省のラフード長官も記者懇談会で「豊田(章男氏)を米国に呼んで事情を聞く」と示唆したうえ、多額の民事制裁金の課徴をほのめかした。動きの鈍いトヨタを揺さぶったのだ。実は、5日の会見も、4日にラフード長官と豊田社長の電話会談が行われ、その圧力で、ようやく豊田社長が公の場で初めて説明する運びになったのだ。

番記者対象のヒアリング

 名古屋のある財界人は、手厳しい。

「副社長や常務役員がチョロチョロ出てきて恥をかいている姿は見ていられない。最初から豊田社長が出てきて、ガツンと説明すれば済む話だ」

 トヨタのグループ企業の幹部も「豊田社長に事態を正確に報告し、判断を仰げない、あるいはアドバイスを送ることができない役員陣を『リコール』するのが一番の対策ではないか」と切り捨てた。

 会社が危機的状況に陥っても、「創業家の御曹司への過剰な気遣いで、言いたいことが言えない」(トヨタ担当記者)との見方が強いのだ。トヨタのOBの一人は、

「かつては悪い情報ほど有り難がる風土があったのに、減点主義になって誰も本当のことを言えなくなった。トヨタも神様ではないから間違いは犯す。それをいかにリカバリーするかのほうが大切だ」

 と後輩にエールを送る。

 だが、トヨタのその体質が、より悪い方向に働いているとの分析もある。新聞社や通信社などの「トヨタ番記者」からは、こんな声も挙がっているのだ。

「トヨタは『リコール対象車種は世界で約450万台』と説明しています。昨年実施した米国などでの『フロアマット問題対策(対象台数は575万台)』を米国運輸省はリコール扱いしているのに、トヨタは欠陥と認めたくないので自主改修扱いでカウントしているのです。これを含めると、実際は延べ1000万台近くなる」

 アクセルペダルの対応も欧州では'09年8月に実施したが、米国では今までやってこなかった。佐々木副社長は「米国では苦情がなかったから」と説明するが、リスク情報を社内で共有化し、早期対策を打つという姿勢に欠けている。

 リスク管理を担う広報機能も衰退している。経営トップをいつ公の場に出して情報開示するかという戦略性がない。

「かつてのトヨタの広報や渉外は内外のメディアや官庁や政治家に巧みに通じ、世論を汲み取る動きは天才的だった。そんな芸達者なトヨタマンも、みな官僚化し、情報収集能力が衰えた」

 ある経済ジャーナリストは話す。

 冗談みたいな話だが、最近、トヨタ担当記者に対して、通称「面接」と呼ばれる広報ヒアリングが行われている。会議室に記者を呼び出し、広報担当役員が「最近、夜回りしていますか」と第一声で聞き、「あなたの動きを知りたいのですが、どこに取材に行っていますか」と畳み掛けるというのだ。

「笑ってごまかしますが、内心、『情報源の秘匿で言えるはずないだろ』と怒り、呆れています」(大手紙経済部デスク)

 これが「世界のトヨタ」かと思えるほどの話だ。目を覆うばかりの危機感の欠如は、今回のリコール問題で間違いなく露呈した。労災事故の分野で「ハインリッヒの法則」と呼ばれる経験則がある。一つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、さらにその背後には300の異常さが絡んでいるというものだ。

 リコール問題の背景にも、様々なマネジメントの不備が絡んでいることがうかがえる。

 創業家の御曹司が社長に就任してから約8ヵ月。早くも"お家大事"が通用しない、経営の正念場を迎えている。

井上久男(ジャーナリスト)
いのうえ・ひさお 1964年生まれ。九州大学卒。大手電機メーカーを経て朝日新聞記者に。経済部に在籍し、'04年からフリーに。著書に『トヨタ・ショック』(共著・講談社)、『トヨタ 愚直なる人づくり』(ダイヤモンド社)がある

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