中国
福島原発「核汚染水問題」は外交にも大きなマイナスとなった
風評被害だけではすまない
福島第一原発から放射性物質を含む水が海に流れ、漁に出られなくなった茨城県の漁船〔PHOTO〕gettyimages

「これまでの日本に対する一般中国人のイメージは、過去にはわが国を侵略し、現在は釣魚島(尖閣諸島)を不当に占拠している悪の国というものだった。それが、3月の大地震を契機として、日本に対する同情心と、日本人の美徳が連日報道されたことによって、'にわか親日派'が急増した。日本を応援しよう、日本に学ぼうという気運が高まったのだ。

 それが、福島原発の核汚染水問題によって、一気に元の木阿弥に帰してしまった。やはり日本は信じられないという怒りの声が広がっている」

 こう指摘するのは、国際問題解説で名高い中国『経済観察報』解説委員の丁力氏だ。

 東京電力が4月4日から5日にかけて4300tもの核汚染水を海中に撒いたことは、中国で、次のように衝撃をもって伝えられた。

 〈 海洋生物がアメリカの核実験の影響を受けて突然変異し、巨大怪物と化す---これは円谷英二が創出したゴジラの世界だ。だが当の円谷も、半世紀以上を経て、自分の故郷の福島県から大量の核汚染水が海洋を汚染するとは、想像もしなかったろう。ゴジラの世界が、ついに日本で現実のものとなったのだ 〉(4月8日付『世界新聞報』)

 〈 日本国内の漁業関係者も猛烈に抗議しており、被災地区に食料が行き届きにくくする自殺行為だ。国際社会では『毒水』を撒いたことに怒りの連鎖が広がっており、これによって42万人の日本人が死亡するだろうと、あるヨーロッパの専門家は指摘しているほどだ 〉(4月8日付『環球時報』)

 中国の専門家たちも、怒りの声を挙げ始めた。中国政法大学の郭紅岩教授(国際法)は、次のような持論をメディアで展開している。

「1986年のチェルノブイリ原発事故の直後に、IAEA(国際原子力機関)は、『核事故及び放射能に対する緊急援助公約』と『核事故早期通報公約』を定めた。つまり、核事故が起こった際の当該国の義務を規定したのだ。ところが今回の日本は、これらの国際法に違反している。日本は、1960年の『パリ公約』及び1963年の『核損害の民事責任に関するウィーン公約』に基づいて、核汚染に対する賠償を、近隣諸国に対して行うべきだ」

 前号のこのコラムで書いたように、中国のこれまでの危惧は、空中から核汚染物質が飛来してくることだった。だから毎日の天気予報で、北はハルビンから南は海口(海南島)まで、全国24都市の最新の放射能数値を公表して、「中国は安全です」と呼びかけている。

 ところが今後は、海水を通じて核汚染物質が押し寄せる危険が出てきたのだ。これは、日本ばかりか、中国の漁業にも、決定的な打撃を及ぼすだろう。北方の最大の港である大連港は昨年、原油が海水に流れたことで、約3ヵ月間、操業停止になった。だが今回の核汚染水は、沿岸地域のすべての漁港に影響してくる可能性がある。実際の汚染度もさることながら、「核汚染水が押し寄せる」という'風評'によって、魚介類に関する拒否反応が広がるからだ。

 日本産の魚介類に関して、中国ではすでに事実上、輸入にストップがかかっている。ここ数年の築地市場で、1頭1000万円も出して高級マグロを買うのは中国人と相場が決まっていた。それがいまや、「日本産」というだけで、中国人の誰もがノーだ。

 今週、北京の最高級デパート『新光天地』のレストラン街に入っている日本料理店に足を伸ばしたら、この店だけ閑古鳥が鳴いていた。しかも、近くに座った中国人客は、「絶対に日本産の魚は入れてないだろうな!」と何度も確認してから注文していた。私が同席した中国人も、「ちょっと恐いので」と警戒して、カレーライスしか頼まなかった。

外交の道具に使われる核汚染水問題

 今回の核汚染水の海水散布の影響は、単純な汚染被害だけに収まらない。冒頭の丁力氏が続ける。

「今後、周辺諸国は日本の核汚染水に『拒否反応』を見せながら、この問題を国際政治の駆け引きに使ってくる可能性がある。国際政治の世界は非情だからだ」

 実際、丁氏が指摘する通りかもしれない。例えば韓国では、4月1日、李明博大統領が公約にしていた故郷・慶尚道での新国際空港建設を断念する記者会見を開いて、慶尚道民の総スカンを喰った。このため、この春の重要な補欠選挙では、与党が大敗を喫するとの見方が流れていた。そんな中、日本の核汚染水問題が起こった。

 韓国政府は直ちに、「核汚染水特別チーム」を設置し、「全国民一丸となって日本に対処しよう!」という気運を盛り上げた。実際、全国的に雨が降った4月7日には、一部の公立学校を休みにする措置に出た。李明博政権は、日本をスケープゴードにして、難局を乗り切ろうとしているようにも映る。

 これと同じことが、ロシアでも起こっている。ロシアでは来年の大統領選に向けて現在、プーチン首相派とメドべージェフ大統領派が、血みどろの権力闘争を繰り広げている。3月末に、メドベージェフ大統領は、「大臣経験者は国有企業社長に天下りできない」という新規定を作り、プーチン派追い出しの勝負に出た。これに対し、3月31日、プーチン首相は、メドべージェフ支持派の精神的支柱であるカシヤノフ元総理を逮捕するという荒技で対抗した。

 そんな中で、日本の核汚染水問題が、降って湧いてきたのだ。4月5日に、アメリカを訪問中のイワノフ副総理が、日本に対する怒りをブチ上げたのを皮切りに、ロシア政府は反日の烽火を上げ始めた。大統領と首相の「内戦」に辟易しているロシア国民も、日本という「共通の敵」に対しては遠慮がない。ちょうど昨年の前原外相時代の日ロ'北方領土対決'と同じ構図が起こっているのである。

 さて、こちら中国はというと、良く言えばもう少し冷静沈着、悪く言えばもう少し狡猾老獪である。

 中国は3月31日、フランスのサルコジ大統領やアメリカのガイトナー財務長官らを南京に招いて、G20国際通貨システムセミナーを開催した。その目的はズバリ、人民元の国際化である。「今後のアジアの経済・金融リーダーの役割はわれわれが担う」という中国の主張は、地震と核漏洩問題で失速する「ライバル日本」を目の当たりにすると、説得力がある。

 中国国土資源部は同日、今年のレアアースの採掘総量を9・38万tに抑えると発表した。日本が一番求めていたレアアースも、いつのまにかカットを決めてしまったのだ。

 このところの中国の報道を見ていると、「IMFのストロスカーン専務理事が『世界の経済発展に日本が大きな不確定要素となっている』と発表」「日銀が『日本の景気が悪化している』と発表」といった、「日本経済失速」を伝える大見出しが目に付く。

 この点を前出の丁力氏に指摘すると、こう反論した。

「もっと狡猾な国が、太平洋の向こうにあるではないか。そう、アメリカだ」

 確かにアメリカは、すでに初期の段階から米軍を救助に向かわせ、「日本人を救う米軍」のイメージを定着させることで、普天間基地問題の早期解決を図ろうとしていたフシがある。さらに、4月16日にクリントン国務長官が急遽、来日したいと日本側に打診してきたという。これは同盟国として、日本を全面的に自国に引き付ける千載一遇のチャンスと見たからだろう。一種の「弔問外交」である。

「クリントン国務長官訪日の際には、北朝鮮の核開発に対する反対声明も、改めて出すのではないか。アメリカにとって、北朝鮮の核開発の危険性をアピールするのに、いまほど絶好の機会はないからだ」(前出・丁氏)

 松本剛明新外相には、老獪な外交を展開してほしいものだ。周辺諸国の「弔問外交」に日本が利用されているようでは、二重の意味で悲劇である。

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