スポーツ

今年もあの季節がやってきた・・・
プロ野球獲るべきか、見送るべきか
スカウトが迷うとき

2011年10月27日(木) 週刊現代
週刊現代

「例えば、巨人の鈴木尚広や藤村大介なんかは一目見ただけで『獲るべき選手』にリストアップされる。陸上選手並みの脚をもっていましたから。打撃や守備は伸ばせる。でも脚と肩だけは鍛えられません」

 逆に迷うのは、全体的に高い能力はあるものの、ずば抜けた脚力も肩もない場合だ。要は「決め手に欠ける」ということだ。巨人時代「曲者」として活躍した元木大介(39歳)の場合は、得難い「スター性」が1位指名の決め手となった。

「当時の上宮高には、元木の他に、三塁の種田(仁)がいました。正直、打つ・投げる技術では、種田の方が上。でも元木は3年時の甲子園で、1試合に2本も本塁打を打った。プロ野球は興行です。遊撃という目立つポジションで、打棒でも目立つ。元木の『華やかさ』は、まさに巨人にふさわしいものだったんです」

 さらに中村氏は、野球への「真摯な態度」をポイントに挙げた。

「欲しいのは『プロ』です。素行のだらしない選手、粗暴な選手というのは愛されません。グラウンドに靴のかかとを踏み潰したまま、紐を結ばぬまま出てくる選手もいる。だから私は、ノック練習の開始前から見るようにしていました」

 今でも中村氏の指標となっているのが、阿部慎之助(32歳)の練習時の立ち振る舞いだ。中央大時代、主将だった阿部は、練習には必ず一番に出てきていた。

「彼は常に先頭を走る。練習道具は誰よりも大切に扱う。それは全日本の遠征先でも変わらない。決してブレない野球への真摯な姿勢に、生来のリーダーシップを感じましたね」(中村氏)

 中村氏がチーフスカウト時代に獲得した新人に、山口鉄也(27歳)がいる。横浜商業高のエースだった山口は、巨人をはじめ、他球団からも注目される存在だった。しかし高校3年時の'01年のドラフトで、彼が指名されることはなかった。

 中村氏はその理由を、「試合で勝ち切る『粘り』に欠けていたから」と語る。

 山口は高校卒業後、渡米。4年間マイナーでプレーしたことで生まれ変わった。

 帰国後、横浜、楽天の入団テストを受けるも不合格。最後に受けた巨人のテストに合格し、育成選手として入団した。その後の活躍はご存じのとおりだ。

「私たちは、選手の能力そのものだけでなく、戦績も重視します。甲子園で勝ち上がる投手は、必ずそれだけ修羅場を経験している。大事な試合で淡白な投球を繰り返していた高校時代の山口には、獲得に至るほどの経験も魅力もなかった。それがマイナーで1日の食費が10ドルという生活を体験することで絶対プロになるという、『粘り強さ』を得た」(中村氏)

 高卒で即プロに入っていたら山口はどうなっていたか。それは中村氏にもわからない。だがアメリカでの4年間が、彼を価値ある選手に変えたことは確かだ。

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