岐阜県の山間部から「日系移民の支援」「南米からの食糧確保」をビジネスにする異色企業の挑戦

 「ギアリンクス」(本社・岐阜県美濃加茂市、中田智洋社長 http://www.gialinks.jp/)という会社がある。一般から一口10万円で出資者を募り2000年に設立。南米からの食糧確保、日系移民の支援にビジネスの主眼を置く異色の企業だ。異色というのは、食糧確保や移民支援という公共性とビジネスを両立させようとしている点であり、社会的企業(ソーシャルエンタープライズ)と言える。

ピスコ生産者の城間氏(左)とギアリンクス社長の中田氏(撮影著者、以下同)

 社名には、岐阜県(ギ)とアルゼンチン(ア)の絆(リンクス)を強めるという願いが込められており、当初は食糧確保などの面でアルゼンチンとの関係構築を目指すことから始まったが、今ではパラグアイやペルーとの関係も強まっている。

 アルゼンチンでは岐阜県の耕作面積の約2%に相当する1265ヘクタールの巨大な農地を持つ。「創業から約10年を経て南米での人脈など無形の資産もたくさんできた」と中田氏。10年間で60回ほど南米を訪問し、政府関係者とのネットワークも構築できた。

震災にすぐ動いたパラグアイの日系人

 今年3月11日の東日本大震災の後、ギアリンクスに対し、パラグアイで日系人が組織するイグアス農協から主力産品のひとつである大豆100トンの寄贈があった。震災の日ちょうど中田氏は南米に出張しており、テレビで被害状況を見た日系人から支援したいとの申し出があった。

 大豆1トンで約1万丁の豆腐を作ることができる。すぐに盛岡市の豆腐製造会社などに生産を依頼し、栄養価の高い豆腐を支援物資として送ることを決めた。100トンあるので100万丁の豆腐ができる。現在も引き続いてこのプロジェクトを継続している。

 100万丁を生産するのに約4500万円費用がかかるが、パラグアイが国会で決議して政府と民間から計約2500万円を寄付した。残りを協賛金として集めている。パラグアイはサッカーのワールドカップ南アフリカ大会で日本が決勝トーナメント1回戦で戦い敗れた国として知られるが、経済的繁栄を享受している国ではない。

 中田氏はこう話す。

「南米の日系移民は入植後、経済的に苦労された方も多いが、日本人の誇りを忘れずに懸命に働いてきました。パラグアイは決して経済的に豊かな国ではないのに、祖国のためにすぐに支援に動いてくれる。南米の日系移民は、今の日本人が失いかけている義理や人情にとても厚いです」

 中田氏にはもうひとつの顔がある。モヤシ生産で全国トップクラスの「サラダコスモ」(本社・岐阜県中津川市)社長。衛生管理の行き届いたオートメーションに近い工場で、無農薬・無肥料・無漂白の無添加で大量生産し、関東や関西などの大消費地に供給している会社のトップ。本業はこちらの方だ。

 中田氏の父が創業したラムネの製造販売が中心の「中田商店」は、大手清涼飲料メーカーに押されてラムネを廃業。代替わりして社名を変更し、1980年からは事業も大転換して「元祖野菜工場」をスタートさせた。

 約30年前にゼロから始めて今や年商約70億円。この間、補助金を一切もらっていないが、赤字は一回もない。大卒も積極採用している。モヤシのほかにカイワレ大根なども生産する。兵庫県三木市や栃木県宇都宮市に野菜工場がある。

 欧州では人気の発芽野菜「チコリ」の生産にも参入し、お茶や焼酎に加工して販売する。レストランや観光施設と融合した「ちこり村」(中津川市)には、年間30万人近い来場者が訪れる。地域の食材を使い、地域の高齢者や主婦を雇う。これも補助金なしのビジネス。国が推奨する「農商工連携」(農業と商業と工業の連携)や、「農業の6次産業化」(1次産業の農業+2次産業の工業+3次産業のサービス業)を完全に自前でやってのけている。

 サラダコスモは、グローバル化も推進する。モヤシの種は中国で契約栽培するほか、現地での野菜工場の建設も視野に入れている。10年4月には中田氏がジュネーブにある国連貿易開発会議(UNCTAD)に招聘され、各国政府代表を前にギアリンクスの活動を紹介。同時に「気候変動に大きな影響を受けない野菜工場は世界の食糧危機を救う切り札のひとつ」とスピーチした。

 冒頭に紹介したギアリンクスの活動は、サラダコスモの経営とは別々だが、長野県境に近い岐阜県山間部にある会社ながらもグローバルな視点を忘れずに経営している中田氏の経営者としての「DNA」を表すものと言えるだろう。

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