大震災に見る高度文明リスクと自然な生活
〔PHOTO〕gettyimages

 3月11日に起きた東日本大震災は、福島第一原発の事故を引き起こし、首都圏は計画停電で生活や産業が打撃を受ける事態になった。有史以来、文明を高度化させてきた人類。その高度化が最大のリスク要因となる皮肉に直面している。そのことはメディアにとっても「他山の石」ではないのか。

原発はゆっくり爆発する原子爆弾

 マグニチュード9.0という巨大地震で、福島第一原発の冷却機能が完全にマヒする事態は、東京電力の幹部、担当者にとって想定外だったろう。

 原子力発電所というのは、言ってみれば、原子爆弾をゆっくりゆっくり爆発させて、その熱で蒸気を作り、タービンを回して電気を取り出す施設。「ゆっくりゆっくり」のために不可欠なのが冷却の仕掛けだ。これを電気に頼っていて、津波でディーゼル発電装置が故障し、外部電源も断たれて、「冷却できない原子炉」という、あってはならない事態に立ち至った。

 私は1979年の米国スリーマイル島事故の後、関西電力の福井県の原発を取材し、敦賀市の原発運転センターで、非常時の運転室を再現してもらったことがある。100個を上回る計器が一斉に赤と黄色になり、アラームが鳴り続ける。福島第一原発でもそうした状況があったと思う。もしくは停電で、それさえなかったのかもしれない。

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