雑誌
外国人記者が見た「この国のメンタリティ」
「優しすぎる日本人へ」

「立て板に水。でも中身なし」---外国人記者たちは見抜いている〔PHOTO〕gettyimages

 ピンチにひとつになれるのは素晴らしい。しかし天災と人災を一緒くたに論じたり、身の安全が脅かされているのに政府に情報公開を求めないのは不思議だ、理解しかねる。

 大地震が起きても大きな混乱を見せない日本人を、海外メディアは「ミラクルだ」と賞賛した。しかし手放しで喜べない。彼らは同時に、政府に対してモノ言わぬ日本人を冷ややかな目で見てもいる。

なんて温かい人たち

「最初に取材に入ったのは福島県でした。郡山市内のホテルに宿泊しましたが、福島第一原発で多くの異常が発生していたため、そのホテルから退去しました。空港に行けば別のホテルを紹介してくれるだろうと、案内係の女性にホテルの情報を尋ねたのですが、どこも泊まれるところはないと言われました。

 途方に暮れていると、その女性が『自分の家に泊まってもいい』と拙い英語で声をかけてくれるのです。彼女は夫と子供の3人暮らしで、英語は得意ではないとのことでパソコンの翻訳機能を使っての会話でしたが、この上ないほど優しくもてなしてくれました。まさか外国から来た記者に、被災地の方がここまで温かくしてくれるとは思いませんでした」

 被災地で日本人の優しさを知ったと語るのは、英国のデイリー・テレグラフ紙の記者で、'08年には名誉ある〝British Press Award〟を受賞したアンドリュー・ギリガン氏だ。ギリガン氏は約1週間に亘って被災地を取材した。

 未曾有の大災害に襲われた日本。その被害状況について、またこれからの日本の行く末について、世界中が強い関心を寄せている。地震発生直後、韓国から50人以上の報道関係者が日本に派遣されたのを筆頭に、海外メディアは一斉に記者を送り込み、厚い報道体制を敷いた。

 被災国ニッポンで、彼らはなにを見て、なにを感じたのか。実際に取材に当たった8人の外国人記者に話を聞くと、この国の素晴らしさが見えてくると同時に、その未熟さも浮き彫りになってくる。

 冒頭のギリガン氏は、

「日本行きの飛行機には120人ほどの乗客が乗っていましたが、そのうち20人ぐらいは報道関係者でした。皆、日本の被害がどの程度のものなのかはっきりとはわかっていないようでしたが、まさかこれほどのものとは誰も思わなかったのではないでしょうか」

 と語るが、彼ら外国人記者が最初に直面したのは、想像を絶するような被災地の惨状だった。

「その後、私は陸前高田市に向かったのですが、そこで私を待っていたのは、見渡す限りの残骸と、完全につぶれた町でした。少年たちが倒壊した自宅で持ち物を探していましたが、見つかったのはバスケットシューズ片方と、野球帽だけ。取材中は、記者はできるだけ感情を押し殺さなければならないと思いますが、それでも胸が痛む場面がいくつもありました」

 オランダのテレビ局のレポーター、ハンス・ヴァン・ダー・スティーグ氏も「宮城県の多賀城市、七ヶ浜町で見た光景は、予測もできないほど悲惨なものだった」と話す。しかし、彼が「それ以上に印象に残った」と言うのが、被災地の人々の懸命な姿だ。

「被災地で会った日本人はみな落ち着いていて、感情を露にすることがなかったのには驚いた。もし自分の家が流されていたら、ここまで冷静でいられるだろうか。外国人である私たちの存在をイヤがることもなく、むしろ自分たちの話をしっかりと取材して、海外に伝えてほしいという気持ちを持っていた」

 アメリカの公共ラジオ局NPRのジェイソン・ボービエン記者は、スマトラ沖地震、ハイチ地震、ハリケーンカトリーナの被災地を取材した経験の持ち主だが、「津波で町が粉々になってしまったが、日本人は徐々に復興に向けて動き出している。本当にすごいことだと思う」と話す。

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