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追悼 PCだけではなく音楽、映像など6つの産業に
革命をもたらした天才起業家の生涯と、見果てぬ夢
スティーブ・ジョブズが遺した「アップル魂」

ジョブズの死後、彼の自宅前にはiPad2に収められた遺影や、花束、アップルに因むりんごが手向けられた〔PHOTO〕gettyimages

「ジョブズ氏が亡くなる数週間前に、カリフォルニア・パロアルト市にある彼の自宅を訪ねた。彼は階段を上り下りするにはもう体力がなく、1階に移したベッドルームで痛みに体を丸くしていた。それでも頭はシャープで、ユーモアにあふれていた。私は作家として、取材時は常に冷静な態度を保つように心がけている。しかし今回、彼に別れを告げる時ばかりは、悲しみを禁じ得なかった」

 ジョブズとの最期の時を振り返るのは、10月24日に発売される公式評伝『スティーブ・ジョブズ』(講談社刊)の著者、ウォルター・アイザクソン氏である。

 アップル社の創業者で、前最高経営責任者(CEO)のスティーブ・ジョブズが10月5日、死去した。56歳の若さだった。ジョブズの後半生は、'04年に膵臓がんの摘出手術、'09年には肝臓移植手術を受けるなど闘病続きだった。しかしその一方で、iPhone('07年)やiPad('10年)を大ヒットさせ、アップルの時価総額を石油大手エクソンモービルを抜いて世界一に押し上げた。

 ジョブズはなぜ、革新的な製品を次々に世に送り出すことができたのか。評伝を翻訳したジャーナリストの井口耕二氏はこう話す。

「彼は徹底的にユーザー視点に立ち、常に使う人の心地よさを考えていた。しかも決して妥協しない。例えばiPodの開発の際、『3回の操作ですべてが完了するようにしろ。4回ではダメだ』と指示した。電源を入れてから曲の再生までに必要な作業は3回、というわけです。それで生まれたのが、あのiPod独特のホイール操作(ボタンに代わるパッドによる操作)だったのです。ジョブズは技術と人文科学を融合したいと主張した。技術だけ進めても、人が技術に使われるだけ。逆に使いやすさだけを求めても、できることに限界がある。この二つを両立していこうとしたのです」

 ジョブズの完璧主義を物語るエピソードにはこと欠かない。アップルに詳しいジャーナリストの林信行氏が紹介する。