経済の死角

「被災地最前線の真実」自衛隊員たちが見た「地獄」

死体だらけの海岸・住宅地、放射線への特攻、
その後に来た〝被曝差別〟

2011年04月03日(日) フライデー
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瓦礫、油、海水といろいろなものが混じった異臭の中、遺体を搬送する陸上自衛隊の捜索部隊(岩手県大槌町)〔PHOTO〕幸多潤平

「ある家に入ると、ふすまが床に倒れていました。ひっくり返すと、お婆さんが横たわっている。外傷もなく、眠っているような状態だったので、肩を叩いて声をかけたが応答がない。そこで、両手で頰を挟むようにして、お顔をこちらに向けたんです。すると、口の中から大量の泥が出てきて・・・」

 陸上自衛隊東北方面隊(本部・仙台)に所属する井上健一郎さん(仮名。以下同)はそう言って声を詰まらせた。

 1週間で約2万人。自衛隊が、東日本大震災で救助した被災者の数である。

 今回の災害救援活動でその評価を一変させた彼らだが、その〝代償〟は小さくなかった。最前線に急行した〝世界で唯一、救った命のほうが多い軍隊〟を待っていたのは、車の中を覗いても玄関を開けても必ず遺体を目にするような、文字通りの地獄だった。

 井上さんと同じ東北方面隊に所属する藤原勲さんは、震災翌日から岩手県釜石市付近で捜索活動に従事していた。

「今回の任務を厭う気持ちはまったくありません。家族も『とにかく、一人でも多く救って』と送り出してくれた。海岸や住宅地を回り、『どなたかいらっしゃいませんか?』と、ひたすら声をかける。棚が倒れていれば、丁寧に起こし、冷蔵庫の中も確認する。何もないことが確認できると赤い布を建物の外壁にかけて、遺体を見つけたら、赤い布の付いた棒を側に刺していく。

陸海空10万人の自衛官が現地で作業に当たっているが、被災者は推定で十数万人。道のりは遠く険しい〔PHOTO〕嘉納愛夏

 生存者の捜索が最優先で、遺体の回収は後回しなのです。捜索活動も2日目に入ると、高ぶっていた気持ちもだいぶ落ちつき、改めて東北の惨状に胸が痛くなりました。見つかるのは遺体ばかり。若い隊員の中には、泣きながら作業している者もいました」

 首都圏から被災地入りした部隊の中で、世間の注目を大いに集めたのが中央特殊武器防護隊である。

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