経済の死角

福島第一原発 内部に残された作業員4人「衝撃の告白」

その時、何が!

2011年04月01日(金) FRIDAY
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損壊した福島第一原発の3号機から、灰色の煙が昇る。3月21日、午後4時過ぎに撮影された(東京電力提供)

「建屋内は白い煙に包まれ、『逃げろ!』の怒号が飛び交いパニックに」
「2号機復旧作業中に3号機が水素爆発! 瓦礫の上を死に物狂いで走った」

「逃げろ!」「外に出るんだ!」

 四方から聞こえてくる叫び声を聞きながらも、A氏はどちらに避難していいのか分からなかった。室内の消火器が倒れて消火剤が噴出したらしく、あたり一面は白い煙に包まれ、2m先も見えなくなっていたのである。

 ガシャン! ドン! パーン!

 機材が破裂したり、ぶつかっているのであろう。あちこちから様々な音が聞こえてくるが、何が起きているのかはハッキリ分からない。床は生き物のようにグラグラと波打ち、立っているのも難しい状態だ。A氏は動くこともできず、しばらくの間うずくまっていると、近くで関連会社の社長がはっているのを見つけた。話をしている余裕などない。ただ社長の後について行き、ようやく屋外に脱出できたのである。凄まじい揺れを感じてから、10分以上が経過していた---。

 3月11日午後2時46分。日本人がこれまでに経験したことのないM9.0という東日本大震災が発生した当時、福島第一原子力発電所の敷地内には5000人以上の作業員がいた。本誌はその中の4人から、被災した原発内部の生々しい様子を聞くことができた。福島第一原発での勤務が8年になる30代のA氏も、その一人である。彼は電気設備関係の企業で働く中堅作業員で、地震発生当時、5号機、6号機内で作業していた。

「福島第一原発の5、6号機はつながっています。私はいつものように、『タービン』と呼ばれる発電機器が揃っている5、6号機の建屋で仕事をしていました。地震が起きたのは、作業を終えて別の作業現場に行こうとしていた時です。危険を感じた作業員たちが5ヵ所ほどある出口を探し、無我夢中に叫んでいました。『逃げないとヤバイぞ!』。本来なら原発内部から出る時には、防護服を脱いで放射線測定器を通り、入室の時に受け取る『APD』という警報付き線量計を返却するのですが、そんな余裕はない。安全靴を履はきヘルメットも被ったまま、敷地内にある事務所に戻るのがやっとでした」

 5、6号機から1kmほど離れた、原発で業務につく各企業の事務所が入る建物に戻ったA氏ら作業員は、点呼を行い全員無事であることを確認する。だが、とても落ち着ける状況にはなかった。

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