日本の底力

余震の中で新聞を作るVol.35~ 除染に挑む・飯舘 その2

河北新報編集委員が記録する「被災地のジャーナリズム」

2011年10月19日(水)
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放射線量調査を行う研究者ら(10月2日)

vol.34はこちらをご覧ください。

写真・文/寺島英弥 (河北新報編集委員)

43回目 ~除染に挑む・飯舘 その2

 10月2日、「ふくしま再生の会」の活動に賛同する研究者らのグループが、福島県飯舘村を訪れました。村役場前で事前の準備をしていたワゴン車をのぞくと、メンバーが荷台から大きなマイクのような機械を取り出し、ケーブルを延ばしているところでした。

分析する土を採取する

 聞くと、「移動式サーベイメーターといって、これも放射線の検出器。車に積んで道路を走らせながら、一秒ごとに検出できる」。

 再生の会は6月下旬の結成後の活動の中で、まず村内の主要道路に沿って放射線量を調べて概略の分布マップを作りました。今回は、つくば市の高エネルギー加速加速器研究機構の有志が中心になり、特に線量の強かった南部の長泥地区の周辺でより精密な測定をしたい---とのプランでした。「車の中で測ると、鉄板の遮蔽(しゃへい)効果で低めに数値が出るため、ポイントごとに車を止めて外でも計測し、補正値を求めていく」。

 長泥地区は、国道399号で浪江町津島地区と隣接し、いずれも福島第1原発の20キロ圏外では高線量のエリアとして知られる地名になりました。同乗したワゴン車内の計測でも、町境付近の山中の道で10マイクロシーベルトを超えました。

浪江町津島地区の国道沿いで

 津島地区に入って、メンバーは車を降り、ケーブルを外に延ばしての補正計測のほか、それぞれ電離箱式、GM管式の検出器を手に国道沿いの線量を調べて歩きます。

 地表を計っていた1人の検出器がいきなりピーピーと警報音を鳴らし、見せてもらうと「22・6」。そこから約30メートル進むと、数値は「50」を超え、さらに「70を超えた」、「あー、95、99・9」。メンバーが声を上げました。100マイクロシーベルトが計測の限界値でした。

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