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 最近の記事では、読書、ネット上のヒット話題などカルチャーに関する内容が多いですけど、実は自分、スポーツ関係の仕事をやっています。所属部署は日本絡みがわりと多いので、なんとなく日本のスポーツ事情、特に日本サッカーに対する興味も芽生え始めました。

「日本サッカー」コミュニティー
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 サッカー日本代表の試合を初めて見たのは、2002年日韓ワールドカップの時でした。あの時自分はまだ中学三年生で、サッカーについてもまだ全然分からなくて、ただ「稲本潤一選手がすごい」っていう記憶が今だにも鮮明に残っています。

 一方、日本と韓国が開催国として予選を免除されたおかげでW杯初出場権を獲得した中国代表は1点もゲット出来ないまま、グループ最下位で敗退となりました。苦い結果でしたが、それでもいい夢だった。

 両国のプロサッカーリーグは1990年代の大体同じ頃から始め、同じようにW杯を目指していました。ところが、現在の日本代表は既にW杯の常連となり、中国代表は逆に国内メディアの批判相手となってしまいました。

 2010年、サムライジャパンは南アフリカで活躍できて、2011年また堂々とアジアカップ優勝に輝きました。人気の高いスポーツだが、中国代表チームの成績はずっと低迷しているので、中国のサッカー関係者はやっと日本サッカーの成長経験を参考にしたいと真剣に考え始めました。

 そして今年7月5日、Jリーグの創始者・キャプテンこと川淵三郎氏は北京で行われた中国サッカー発展フォーラムで、今まで日本サッカーが歩んだ道を紹介しました。「キャプテン翼」の影響でサッカーを興味を持ち、Jリーグ発足をきっかけに、そして「キングカズ」に憧れてサッカーをやり始めた青少年は今、プロ選手になり、世界の舞台で活躍することが出来るようになりました。今まで日本サッカーが歩いてる道は間違っていないことを証明できる一番いい例は、今ヨーロッパで自分なりに頑張り続けている日本人選手たちのことかも知れないですね。

 中国代表ハオ・ジュンミンがかつてブンデスリーガ(ドイツ)のシャルケ04に所属したので、中国のメディアがシャルケへの注目が高かった。シャルケ所属の日本代表・内田篤人選手にも、同じアジア選手として注目を集めました。内田選手がシャルケのスタメンになって、チームと一緒にチャンピオンズリーグの舞台で輝いて、ベスト8の試合で長友選手と対決するシーンが、中国のテレビやネット上にも放送されました。これを見た中国サッカーファンたちは「実力の差だ、認めないわけがない」「中国サッカー選手の見本だ」と感心しました。

 そして8月、川崎フロンターレU-10所属の久保建英くんがスペインの強豪FCバルセロナのカンテラ(下部組織)でプレーすることが発表されて、中国のサッカー掲示板で結構話題になりました。「中国の登録している青少年選手はわずか数千人、日本の青少年選手は既に60万人も超えている。日本サッカーを超えるのはもう無理だ」など、中国サッカーの将来を心配しているファンが決して少なくはない。

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