初めてニホンウナギの産卵を特定
東大海洋研など、養殖・資源管理へ期待[海洋]
世界で初めて天然ウナギの卵の採集に成功し会見する東京大大気海洋研究所の塚本勝巳教授=東京都文京区の東京大で1月27日

 天然のニホンウナギの卵を採集し、産卵の時期と位置を厳密に特定することに、東京大海洋研究所と独立行政法人水産総合研究センターのチームが成功した。場所は日本の南約2200キロのグアム島西側にある西マリアナ海嶺の南端部。亜種を含め19種いる天然ウナギで初めての快挙で、謎の多かったウナギの産卵生態の解明が一気に進みそうだ。養殖用稚魚の大量生産技術の開発や、激減したウナギ資源の保全・管理につながると期待される。

 「怪しい卵があるので来てください」。09年5月22日午前6時半、学術研究船「白鳳丸」。研究チームを率いる塚本勝巳・東京大教授(62)の部屋を訪れた吉永龍起・北里大講師(38)の顔は、少し青ざめていた。午前5時に引き上げた採集物から、初めてウナギの卵らしきものが見つかったのだ。

 吉永さんは「円窓から差し込んだ光を受けて、その二つだけキラキラ光っていた」と振り返る。それこそが、人類が初めて目にした天然ウナギの卵だった。

 温帯のウナギは川や湖などの淡水で成長した後、数千キロ移動して外洋で産卵するが、回遊ルートや厳密な産卵場所はこれまで不明だった。

 チームは、91年に採集した赤ちゃんウナギ(仔魚)の採集記録や誕生後の日数を、海流や海底地形とともに詳しく解析した。その結果、産卵は各月の新月の数日前、同海嶺の海底にそびえる海山が連なる領域で、一斉に起こるとの仮説を立てた。

 05年にはふ化後2日目の仔魚を採集し、さらに08年には同研究センターが親ウナギを初めて捕獲。仮説をほぼ裏付けた。両者は08年から共同で学術研究船など5隻による研究航海を実施。そして、新月2日前の09年5月22日未明、ついに卵31個の採集に成功した。遺伝子解析でニホンウナギの卵であることも確認し、付近で産卵後の親ウナギも捕獲した。

 採集場所は、塩分の濃度が変化する面と海山列の交差する、約10キロ四方のごく狭い領域。水深3000~4000メートルの深海だが、卵は水深200メートル前後の海中を漂っていたとみられる。これまでウナギは深海底で産卵するという俗説があったが、今回の発見によって覆された。

 卵の直径は平均1・6ミリで、受精後約30時間と推定された。塚本教授は「卵がふ化するまでの日数はわずか1・5日(36時間)。採集できたのは幸運だった」と振り返る。

 水産総合研究センターは昨年、ウナギの養殖技術における画期的な成果を上げた。養殖で育てたニホンウナギの卵と精子から2世代目を人工ふ化させる「完全養殖」に成功したのだ。しかし、成功率はまだ低く、実用化するには越えるべきハードルが幾つもある。

 課題の一つが、エサの改良だ。ふ化したばかりの仔魚には、サメの卵やビタミン、ペプチド(アミノ酸が幾つかつながったもの)などをポタージュ状にしたエサを与えている。栄養とのどごしの良さにこだわった特製スープだが、生後10日目までの初期の成長は、天然の3分の1程度にとどまる。

 一方、天然の卵が採集された地点で、ふ化直後の仔魚が見付かった水深160メートルの層は、ちょうど水温が急激に変化する層の最上部にあたり、植物プランクトンやその死骸が集まる層の直下でもあった。同センター養殖研究所の田中秀樹グループ長(53)は「それほど栄養価の高い環境とは思えない。なぜよく育つのか、まるで魔法だ」と首をかしげるが、今後、水質や水温を含め、天然の環境をさらに詳しく分析することで、エサをはじめ飼育環境改善のヒントが得られるかもしれない。

天然稚魚が世界的に激減

 また、通常の人工養殖で育てる天然の稚魚(シラスウナギ)の漁獲高は世界的に激減している。一連の研究から、近年のエルニーニョなどの影響で、産卵場は90年代より数百キロほど南下しているとみられる。この南下が稚魚の漁獲高に及ぼす影響を解明できれば、資源の予測や保全対策の立案に役立つことができるだろう。

 古代ギリシャの哲学者、アリストテレスも「泥の中から自然発生する」と書き残したほど、謎に包まれていたウナギの産卵。20世紀初頭、デンマークの海洋学者が大西洋で仔魚を多数採取したことに触発され、日本でも73年、東アジアに広く分布するニホンウナギの産卵場調査が始まった。

 塚本教授は、最初の調査航海で白鳳丸に乗り込んだ一人。回遊魚の中でも特に「謎が深くて手ごわい」ウナギに魅せられ、その後もほぼすべての研究航海に参加してきた。

 当初は謎が多いだけに「当てずっぽう」の要素が強かった航海に、海域を区切って調査し、海流などを分析して産卵の場所と時期の仮説を立てる実験的な手法を取り入れた。より小さい仔魚を追い求め、91年にマリアナ諸島西方沖で、10ミリ前後の仔魚の採集に成功。しかし、その後14年間は、成果のない苦しい時期が続いた。

 1回の航海は、燃料代だけで数千万円を要する。「科学ではなく、ばくち打ち」との批判もささやかれた。研究の右腕だった青山潤・東京大特任准教授(44)が研究中止を進言したこともあったが、塚本教授は「批判があるのは当然。でも続けようよ」と言った。その裏には「産卵場を知りたい」という科学者としての好奇心と、「先輩の研究を引き継ぎ、一度旗振り役になったからには、最後までやり遂げるのが責任」という強い思いがあった。その「すがすがしいほどのぶれのなさ」(青山さん)が、研究スタッフや学生の気持ちを一つにまとめ、成功に導いた。

 卵の採集は「すごろくで言えば上がり」(塚本教授)。だが、研究は終わりではない。オスとメスがどのように出会うのか。なぜ新月間近に産卵するのか---。新たな疑問が山積している。「次は産卵シーンを撮影したい」。塚本教授は仲間とともに今年5月、再び研究航海に乗り出す。

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