もはや東大はピョンヨン大学並み!?ハーバード、エール、シカゴーーアメリカの一流大学が続々進出、「アジアの教育ハブ」を目指すシンガポールの国家戦略

2011年10月10日(月) 田村 耕太郎
金融、空港、教育でアジアのハブを目指すシンガポール   【PHOTO】Bloomberg via Getty Images

リークワンユーが認めた学校

 1年ぶりにシンガポールを訪問した。1年前に比べてもその熱気は日本やアメリカをはるにかに凌駕するもので、やはり経済の中心はアジアにありと痛感した。そのアジアでもアメリカ高等教育の勢いを実感した。

シンガポールに出向いた理由の一つはシンガポール大学との打ち合わせだ。シンガポール大学にはリークワンユースクールという公共政策大学院がある。公共政策を学ぶなら世界トップの学校の一つだと思う。実際、中国共産党の幹部候補生をはじめASEAN諸国やインドの政府の若手官僚がこの学校に集っている。日本からもようやくではあるが、経産省や金融庁の若手が官費派遣留学をしている。NHKや朝日新聞からも企業派遣が始まっている。

 45年前、マレーシアから切り捨てられ、独立を余儀なくされた都市国家シンガポール。当時マレーシアとの交渉を仕切ったリークワンユーは、切り捨てられた時、途方にくれて涙を流しながら独立の記者会見をした。資源も何もなかったシンガポールを、45年で一人当たりGDPで、日本を上回るアジアで最も豊かな国に仕立てたのが、シンガポールの公共政策である。

 国家と言うより企業に近い運営は、株式会社シンガポールとの異名をとる。物流、観光、教育、次世代技術、金融等でアジアのハブを目指し、現実に一部では世界のハブとなりつつある。そのための規制や税制の改正も実に機動的で、インフラ整備も迅速だ。

 シンガポールは国が小さいから機動的な国家運営ができた、と日本の評論家は簡単に言うが、シンガポール同様の人口の少ない国でも、建国から45年で世界トップクラスの豊かさを実現させた事例はほかにはないのではないか。

 そのリークワンユーが唯一名前を許した施設が、このリークワンユースクールである。いかなる病院や財団にも名を残すことを嫌った氏が、唯一この学校による命名を許したわけは簡単だ。自らが決断実行してきた優れた公共政策を、今後も作成実施できるよう研究するというこの学校の目的に共感したからだ。




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田村 耕太郎

(たむら・こうたろう) 前参議院議員。エール大学上席研究員、ハーバード大学研究員などを経て、世界で最も多くのノーベル賞受賞者を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で唯一の日本人研究員を務めた。
国立シンガポール大学公共政策大学院名誉顧問、新日本海新聞社取締役東京支社長。
1963年生まれ。早稲田大学卒業、慶応義塾大学大学院修了(MBA取得)。デューク大学ロースクール修了(法学修士)、エール大学大学院修了(経済学修士)、オックスフォード大学上級管理者養成プログラム修了、ハーバード大学ケネディスクール危機管理プログラム修了、スタンフォード大学ビジネススクールEコマースプログラム修了、東京大学EMP修了。
2002年から10年まで参議院議員を務めた間、内閣府大臣政務官(経済財政、金融、再チャレンジ担当)、参議院国土交通委員長などを歴任。
シンガポールの国父リー・クアンユー氏との親交を始め、欧米やインドの政治家、富豪、グローバル企業経営者たちに幅広い人脈を持つ。世界の政治、金融、研究の第一線で戦い続けてきた数少ない日本人の一人。
2014年8月、シンガポールにアジアの地政学リスクを分析するシンクタンク「日本戦略情報機構(JII)」を設立。また、国立シンガポール大学(NUS)リー・クワンユー公共政策大学院の兼任教授に就任し、日本の政府関係者やビジネスリーダーに向けたアジア地政学研修を同校教授陣とともに実施する。
著書に『君に、世界との戦い方を教えよう 「グローバルの覇者をめざす教育」の最前線から』などがある。