メディア・マスコミ
ウォーターゲート事件秘話、ワシントン・ポストのスター記者が断念した「記者クラブ的談合」取材
「公的機関に結束して情報公開を迫る」などナンセンス
ボブ・ウッドワード(右)とカール・バーンスタイン〔PHOTO〕gettyimages

 フリーランスの記者らで運営する「自由報道協会」が立ち上がるなど、記者クラブ制度に風穴を開けようとする動きが出ている。新聞社が記者クラブ制度維持にこだわる理由は何なのか。

 2003年12月、記者クラブ制度の廃止を要求する欧州連合(EU)に対し、日本新聞協会は次のような見解をまとめている。

「日本の記者クラブは、情報公開に消極的だった議会や行政といった公的機関に対し結束して情報公開を迫るという役割を100年余りにわたって担ってきた。現代においても言論・報道の自由と国民の知る権利を保障するため記者クラブの存在意義にいささかも変化はない」

 ここでのポイントは「公的機関に対し結束して情報公開を迫る」だ。大手新聞社やテレビ局が結束して「記者会見を開け」などと権力側に圧力をかけ、情報公開を促してきたというわけだ。

 一見するとまともな意見だ。だが、「公的機関に対して結束して情報公開を迫る」は実は競争制限的な談合になりかねない。事実、アメリカで起きた歴史的なウォーターゲート事件をめぐる報道では、禁じ手として退けられているのだ。

ライバルと「プール取材」を画策

 ウォーターゲート事件の真相を暴こうとして、アメリカを代表する2大紙のワシントン・ポスト(WP)とニューヨーク・タイムズ(NYT)が激しく競い合っていた1973年4月のことだ。WP側で同事件を追いかけていた記者ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインがNYTに接触し、共同取材チームの結成を画策した。

 当時、NYTとWPはデッドヒートを繰り広げていた。1971年、NYTはベトナム戦争に関する国防総省機密文書「ペンタゴンペーパー」をすっぱ抜き、ピュリツァー賞を受賞。翌年、WPがウォーターゲート事件でスクープを連発し、一矢を報いた。WPの2人がNYTとの共同取材チームの構想を抱いた時には、再び攻守交替し、NYTが同事件の報道をリードしていた。

 ウッドワードとバーンスタインは焦燥感に駆られていた。そこで苦肉の策として、共通の友人を通じて、NYTワシントン支局のスター記者シーモア・ハーシュに声をかけた。ハーシュはウォーターゲート事件で立て続けに特報を放ち、WPの2人にとって最大の脅威になっていた。

 競争相手と手を組むのは談合ではないのか---常識的にはこんな疑問が出てくるはずだ。ゼネコン各社が価格面で競争せずに協調するのが談合であるように、報道各社が情報面で競争せずに協調するのも談合というわけだ。ハーシュは警戒しながらもWP側の提案を受け入れ、4月8日にWP本社近くのレストランで夕食を共にすることで合意した。

 ウッドワードとバーンスタインはいわゆる「プール取材」を展開できないかと思案していた。プール取材とは、各報道機関で取材を分担し、情報を共有する取材形態のことだ。2人はハーシュのほか、雑誌「タイム」の記者サンディ・スミスらとのプール取材を念頭に置いていた。

 ウッドワードとバーンスタインが書いた『大統領の陰謀』などによれば、レストランでは3人は事件についてあれこれ語り合いながらも、決して手の内を明かさず、腹の探り合いだけで夕食を終えた。共同取材チームの結成には至らなかったというわけだ。

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